はじめに
多くの日本企業が海外事業成長を目指す中、弊社でもクライアントからの海外市場調査や現地サポートに関する相談が増えています。しかし、特に日本企業の長期的なプレゼンス低下が叫ばれている近年、日本発のブランド力・日本ならではの商慣習が海外で通用しにくくなってきている現状も痛感しています。
本ブログでは、日本企業が欧州で事業展開や新規事業開発を行う際に直面する課題や、グローバルイノベーションに求められるマインドセットをテーマに、弊社コーポレート・デベロップメント部門の日本人コンサルタント3名が、日欧における就業経験と英国大学院で得た知識をもとに対談形式で議論し、欧州事業開発の成功に向けたポイントについて見解を提供します。
鵜澤 聡:製造業、法規制、プロセス安全、欧州マクロ経済等を幅広くカバーしてきた。千葉大学大学院化学工学修士、英国バース大学MBA修了。
山本 ひかる:ヘルスケア領域に強みを持ち、多くのメドテック・ヘルステックの新規事業開発・製品上市プロジェクトに従事。慶應義塾大学文学部卒、英国ダラム大学MBA修了。
高橋 正史:サステナビリティ領域を専門。前職でのフィリピン駐在により、東南アジアビジネスにも精通。名古屋大学大学院開発学修士、英国リーズ大学Sustainability and Business修了。
日本企業が海外事業を開拓する際にはどんな課題がみられますか?
山本:海外事業を進める際、多くの企業が駐在員を派遣し現地調査やリエゾン体制を整えていますが、いざ現地企業と対話する際に、日本大手企業側が即座に提案できる武器が少ないケースがよく見られます。現地企業との議論において、明確なゴール、自社アセットや相手へのメリットを明示できないと、商業相手として後回しにされてしまいがちです。これはいわゆる「御用聞き訪問」のような情報収集のためだけの面談が、日本とは異なりスピードと結果重視の欧州、特に人材や資金などのリソースが限られたスタートアップにとって魅力的に映らない、という文化の違いに起因しています。
鵜澤:実際に、とある欧州政府の方からは、日本企業とは情報交換以上の結果が期待できないため、スタートアップが対談に消極的になっているという話がありました。また、周知の事実ですが、欧州と日本には意思決定のスピード感に大きな差があります。例えば、スタートアップと協業の議論を重ねても、実際に協業開始が1年後となる場合、彼らは激しい競争を生き抜くために、すぐに資金を提供できる他の欧米パートナーを見つけざるを得ない、という状況に陥ります。この時点で日本企業は出遅れてしまっているのです。
欧州スタートアップとの効果的な商談には、スピード感が重要なのですね。他に日本のビジネス文化だからこそ、の課題があれば教えてください。
高橋:私としては、現地で駐在員の方が路頭に迷うケースが多くみられるのも気になります。権限不足、赴任前研修の不十分さ、駐在期間中の目標設定の曖昧さなど複合的な要因で、本人の優れた能力を駐在期間中に活かしきれない。駐在員は、赴任先では総じて役職が上がるため、仕事部屋が分けられる上、文化や言語が障壁となって現地社員との関係性構築も困難になり、オフィスで孤独を感じる方も多いと思います。また、前任の駐在員が築いた成果やネットワークの継続性がないことも大きな問題です。これは、駐在員が海外支店でローテーション体制の中で多くが2-3年で帰任するためで、市場を深く理解し、生産的な関係を築くには短すぎるのではないでしょうか。
山本:継続性は重要な課題ですね。また、駐在員の意思決定権不足により、現地企業とのやりとりのスピードや選択の幅が制限されるため、仮説検証まで至らないというケースも多いです。欧州スタートアップは、戦略や技術的なシナジーだけでなく、スピードと温度感への理解力を求めます。2社間で協業や投資が可能かを決める段階に入った際、「社内調整中」が数ヶ月続いたため、他の欧州企業に機会が流れた事例を複数目にしました。現地の仕事の進め方は日本と異なる部分も大きく、駐在員はその温度感の違いを両サイドに理解してもらえるよう走り回りながら、その狭間で苦労する事が多いようです。日本企業の対応策の一つとして、本社が予算管理を含めて決定権を持つシニア管理層を派遣し、現地の裁量を拡大する事が挙げられます。
鵜澤:加えて、本社の期待と欧州ビジネスの実態には大きなギャップがあり、駐在員は説明などに苦戦されています。その一つが、欧州を一つの国のようにまとめて解釈してしまうケースからきています。これは米国と大きく異なる点でもありますが、欧州では国が違えば言語はもとより、重視するビジネス慣習や好むキーワード・警戒するトピックなども様々です。本社側が約30の国を「欧州」という1つのくくりとして認識してしまうと、ビジネスの実態とギャップが生まれてしまいます。これらの違いをカバーするためにも、欧州でイノベーションや新規事業開拓を担当する人員を強化すると同時に、本社側の欧州市場に対する理解も促進していく必要があると思います。
欧州で成果を挙げている企業には、どのような傾向が見受けられるのでしょうか?
高橋:地理的利点や現地の業界ネットワークを活用し、効率的に情報収集や活動を行う事だと思います。例えば、ロンドンやオックスフォードでは、大学と企業を結びつけるためのエコシステムが根付き、PoCや共同開発の加速に大きく貢献しています。エコシステム内には業界特化型VC、アクセラレーター、政府機関等、幅広い現地ネットワークが広がり、長期的に良い関係を構築することで、活動の幅と成功の可能性が広がります。これは我々の強みでもありますが、各業界の現地エコシステムとの関係性をもとに、ハンズオンで現地活動を直接サポートできるため、ネット検索や展示会参加では得難いアイデアと選択肢を引き出すことが可能です。
山本:そうですね、ローカルエコシステムの中で複数の組織と議論をするのは必須だと思います。その上で、先に述べた通り、スピーディーにプロセスを進め、仮説検証段階になるべく早く移行するのが成功のための共通事項と感じます。また商慣習の側面から挙げるならば、欧米のコミュニケーションスタイルを理解し、歩み寄る事も重要です。日本企業は慎重にビジネス整合性を検討する傾向がありますが、欧米では初期からポジティブな姿勢を見せて心理的連帯感を醸成し、後の交渉をスムーズに行いたいと考える傾向が強いです。参加メンバー内のダイバーシティ、例えば性別や年齢層、そして意見に多様性がある事も、欧州ではポジティブな第一印象に大きく貢献します。弊社の現地スタッフも、そうした欧州と日本の文化ギャップ・会話の橋渡し役として、互いが気持ちよく議論できるようサポートすることを心がけています。
相手の現地企業にとって「その場でスムーズな議論ができたかどうか」が、効率性と結果に重きをおく欧州ビジネス環境では抑えるべきポイントなのですね。
鵜澤:要するに、現地事情をよく把握し、柔軟に動くという事ですよね。関連して、私からは、本社とのギャップを埋め、欧州事務所が主体的に上手く活動している方の事例を挙げたいと思います。弊社のあるクライアントは、イノベーション担当として欧州の一人事務所に派遣され、新技術の探索、ライバル社の動向、EU規制調査など、1人でこなせる量ではない任務を背負っていました。そこで弊社の伴走型サービスを活用され、調査やイノベーション活動のお手伝い、時には本社への説明資料の作成など、私たちが「欧州のイノベーション活動のプロ」として欧州ビジネスのリアルな現状を本社へ説明しました。そのように地道に説明を続けていると、本社と駐在員事務所が同じ理解をもち、本社の方々から、欧州だからこそ実現してほしい期待を建設的に提案して頂けるようになりました。
高橋:他にも、山本さんが触れていた通り、駐在員に明確な目標と達成のための武器が提供できる企業の多くが現地企業と連携が取れていると感じます。現地企業との商談時、日本の感覚からまずリスクに目がいき、「それは不可能だ」と否定的な反応が出る場面を非常によく目にしますが、異質な事でもオープンな姿勢で受け入れ、どうすれば互いのいいとこ取りができるかを柔軟に考えられる組織風土が理想です。個人的な意見ですが、欧州企業は米国企業と比べて、盤石な顧客基盤や技術的な確立を経営の主眼においているため、日本企業がレバレッジできる要素は多いと思います。過去には、本社の意思決定は時間がかかるからこそ、「中長期」の投資ロードマップや自社の課題、獲得したい技術分野や具体的なオファーを明記したスライド一枚を現地企業にみせながら、先方の興味関心を引き出す工夫をされている方もいらっしゃいました。このようなアプローチは、連携意欲、そして自社が欧州で活動する意味や目的を理解してもらうという点で非常に有効だと思います。
最後に、日本企業が欧州で成功するために、イントラリンクがどのようなサポートを提供しているのか教えてください。
山本:弊社の強みは、現地のエコシステムとの深い繋がりと前述しましたが、もう一点強調したいのは、現地と日本の商慣習をよく理解し、スムーズなコミュニケーションの橋渡しができる事です。つい最近ですが、日本企業との面談後に、現地企業より「イントラリンクが通訳だけでなく、私たち目線で『解釈』を都度説明してくれたため、理解が深まり安心できた」というフィードバックを頂きました。弊社のハンズオン型サポートだからこそ、「良い議論ができた、また会いたい会社に出会えた」というポジティブな印象を与えられる、それが弊社の価値ではないかと思います。
高橋:私も、事業開発の現実的な進め方をいつも相談できるビジネスパートナーであるだけでなく、顧客の本社や駐在員の熱意を掻き立てつつ、一緒に感動を共有できるBuddyでありたいと考えています。限られた人数や予算の中で効率的な情報収集と有望な企業やスタートアップにアプローチするのは、非常に難易度が高いですが、ハードルが高いからこそ、汗をかきながら伴走できたら嬉しいです。
鵜澤:欧州でのイノベーション活動は、現地のリアルな経験に基づいた提案を通じて、日本と欧州事務所との間で認識を合わせる事が肝心です。時には、第三者に欧州現地からの説明をサポートしてもらう戦略も有効です。弊社は、欧州のみならず、日本や世界の主要地域に拠点を持ち、現地の商習慣・エコシステムを深く理解していますし、VCや大学・研究機関等様々な組織を巻き込み、業界全体を俯瞰しやすい環境を提供できます。それによって、ターゲットとする技術やビジネスのグローバル市場での位置付け、クライアント企業との親和性をゼロベースで検討し、サポートする事を目指しています。我々が欧州の駐在員の方々をお手伝いすると同時に、弊社の日本オフィスの担当者も本社の方々と密に連携するなど、国境を越えたサポートも可能です。皆様をご支援できる事を楽しみにしております。
まとめ:Tips for the success in global innovation
本ブログを通じて私たち3名がお伝えしたいポイントをまとめます。
+活動をスピードアップさせるため、現地の業界専門家と直接つながる
- ネットや日本企業間の情報収集のみでなく、VC、アクセラレーター、大学、政府機関などの現地エコシステムを活用し、業界全体を俯瞰することが重要です。
+駐在員が現場で提示できる武器と裁量を明確に
- 欧州企業、特にスタートアップと働く際はスピードが命です。駐在員が必要な裁量を持ち、本社の意思決定プロセスを簡素化する事はその解決策となります。相手の時間軸と期待値をコントロールするため、自社の中長期投資ロードマップ等を準備することも助けとなるでしょう。
+人材を派遣し、活動に連続性をもたせる。
- オープンイノベーション担当の駐在員が築いたネットワークは属人的な資産です。活動の連続性を確保するため、現地社員へのナレッジ共有や、次の赴任者との十分な引き継ぎ期間、赴任前の研修等を設ける事が重要です。
+異文化理解を重視する
- 日本と欧州の文化の違いや、欧州内の多様な言語・文化を理解することで、日本で当たり前の習慣(例えば名刺交換や議論の進め方)がまるで受け入れられない場面でも、柔軟に、ポジティブに対応でき、良好な関係構築につながります。
―御用聞き訪問ではなく、具体的なアイデアや目標を明確に
- 欧州企業は初回商談から結果を求めるため、情報収集だけのミーティングは印象を損ねます。十分な権限を持つ人が自社のビジネス戦略やタイムスケールを示し、現実的な提案をする必要があります。
―否定ばかりはNG、通訳以上に「解釈」に重きを
- 日本人らしい謙遜や慎重さが欧州のビジネスパーソンにとっては時に失礼にあたり、関係にヒビを入れます。否定的な前置きやリスクにばかりに焦点を当てることを避け、前向きな議論ができるよう工夫するよう心がける必要があります。また欧州文化のニュアンスを理解するためには、英語を通訳するだけでなく、そのギャップや背景を理解する現地の専門家に頼ることも有益です。
最後に
イントラリンクは、海外事業開発を行う企業が限られたリソースでの活動を行う前に、その活動の目的とゴール、企業として他社に提供できるものを明確化することが最初の課題だと考えています。国境を越えた事業開発は茨の道ですが、それらを紐解いていく初期段階の戦略策定考案フェーズから現地パートナーとの仮説検証まで、グローバル拠点をもつ弊社がお手伝いさせていただく事も可能です。サポート内容に少しでもご興味がございましたら、こちらよりお気軽に弊社までご相談ください。
筆者について
鵜澤 聡 プロジェクト・マネージャー
オックスフォード本社を拠点に、日本企業のパートナーとなりうる欧州スタートアップや学術組織を発掘、さらに欧州市場調査のプロジェクトに数多く従事。特に、化学分野、欧州・英国の政策、基準作成等に関する幅広い経験を有する。
日本にて化学工学の学士・修士号を取得した後、日本の政府関連組織で約10年勤務。うち2年間はロンドンにて、日本企業の英国進出をサポートした。2022年には、英国バース大学にてMBAを取得。
山本 ひかる プロジェクト・コーディネーター
ロンドン拠点にて、日本企業のイノベーションならびに新規事業開発プロジェクト実行に従事。ヘルスケア領域に専門的な知識を持つ。
イントラリンク入社以前は、主にメドテック製品の上市・マーケティング戦略、新規事業開発などに携わっていた。日本とシアトルで幼少期を過ごした後、慶應義塾大学にて社会心理学を専攻、英国ダラム・ビジネス・スクールにてMBAを取得。
高橋 正史 プロジェクト・コーディネーター
英国のLeedsを拠点に多様な産業領域における日系企業のサステイナビリティ関連プロジェクトに従事している。入社前は野村総合研究所やクニエで日系企業や中央省庁向けの海外事業開発の支援を行う。
名古屋大学大学院にて開発経済学を専攻したほか、英国のリーズ大学大学院にてサステイナビリティとビジネスの修士号も取得。