2023年に開始した新ブログシリーズ「欧州、世界をリードする脱炭素化戦略と日本企業への示唆」。2回目となる今回は、弊社オックスフォード本社を拠点とするプロジェクト・マネージャー、鵜澤聡が、二酸化炭素のライフサイクルアセスメントについて解説します。
はじめに
環境負荷低減の技術は日々注目度が増しており、弊社が依頼を受ける多くのプロジェクトも、サステナビリティやネットゼロ技術に関連するものであり、私たちも脱炭素化への活動の加速を肌で感じています。
欧州では、二酸化炭素(CO2)の回収・貯蔵・利用の技術を活用することが政府レベルで重要視されています。しかし、CCU(CO2回収・利用)に関しては普及に向けて大きな課題に直面しています。その課題の一つが、CO2のライフサイクルアセスメント(LCA)です。回収したCO2を再利用した場合、結果的にそのCO2がどの程度大気に放出されるのかといった環境負荷を表すもので、この算出が重要であるものの具体的な手法が確立されていません。
今回、本テーマに関して調査を進めていく中で、確立された方法がない中でも、欧州では政府当局が事例を載せたガイドラインを作成していることや、最新技術を持つスタートアップの活躍などが見受けられました。非常に厳しい環境規制で知られる欧州の事情を理解することは容易ではありませんが、本記事ではCCUとLCAの課題、ならびにそれらに取り組む政府・企業の活動について具体的にご紹介します。
ネットゼロに向けてCCUに注目が集まるも・・・
CO2の削減は非常に注目されており、欧州企業は知恵を絞って省エネや化石燃料の代替品・技術を探すなど、ネットゼロに向けた取り組みを加速させています。
その中でも、石油精製や鉄鋼業などCO2を排出せざるを得ない事業は、排出するCO2を大気に逃さないように回収することが求められています。そして、回収したCO2を永久的に貯蔵するCCSか、セメントや合成燃料などの新しい製品の原料として再利用し、環境への影響を抑えるCCU技術に注目が集まっています。
しかし、CCUの最終生成物の一つである合成燃料は、燃焼により、結果としてCO2を大気に排出します。このように、CO2を再利用したものの最終的に大気に放出するといったサイクルは、環境負荷がはっきりしていないという課題があります。CCUはまさにこのサイクルであり、その普及の条件として環境へのインパクトを定量的に算出し、CCUが科学的に環境負荷の少ない技術であることを証明するCO2のLCAが重要です。しかしながら、CO2のLCAについては、これまで具体的に確立された手法が存在していません。LCAを行う企業側とそれを評価する規制当局側の双方が、実際にどのようにLCAを行えば正解なのかという課題に直面しています。これが、現在のCCU成長の妨げになっていると考えられるでしょう。一方で、欧州で一度制度が整ってしまえば、それが世界の基準として広まっていくという事例が多々あります。日本企業はCCUSに関する高い技術を持つことは確かですが、このような規制面によって製品の展開に後れを取ってしまうこともリスクとして存在します。したがって、環境規制で最先端を行く欧州の動向をフォローすることは十分価値があると言えるでしょう。
LCAがCCU普及のカギとなる
先日、欧州でのCO2の回収・再利用技術の普及状況や法整備について調査を希望されるクライアントと一緒にプロジェクトを進め、CCUについて多くの専門家にインタビューする機会がありました。
その中で何度も繰り返し耳にしたのが、やはりCO2のLCAの重要性でした。CCUはCCS(炭素回収・貯蔵)と共に、欧州各国が2045年や2050年までにカーボンニュートラル達成を担う重要技術として位置づけています。しかしながら、CCSは2030年までに具体的なターゲットを定められている一方で、CCUは定量的な目標が具体化されておらず、現在のCO2削減量も公開されていません。その枷の一つとなっているのが、規制当局が「環境への影響を把握できていないから積極的に促進できない」というものでした。したがって、CCUが普及するには、CO2のLCAを行うことで、その技術や製造された製品の環境負荷を示していくことが条件となるでしょう。
CCUに特化したLCAガイドラインの誕生
欧州委員会は2022年、CCUにおけるLCAのガイドライン「LCA4CCU:Guidelines for life cycle assessment of carbon capture and utilisation」を公表しました。あくまでガイドラインという位置づけですので統一した手法でありませんが、今後、精査されたのちに基準化される可能性も十分にあります。ガイドラインでは、ISO 14040/14044(環境マネジメント、LCAの規格)に即した作りになっており、その中でCCU技術において、どのようにLCAを行っていけばよいかということを事例とともに解説しています。例えば、LCAを行う上でのCCUの各プロセスを定義したり、ISOにおけるLCAを行う4つのフェーズをCCUではどのように解釈するかといった解説が含まれています。
欧州委員会とは別に、ノルウェー政府もCCUに関するCO2のLCAのガイドライン「Guidelines for Life Cycle Assessment (LCA) of CCU systems」を2022年に公開しました。先述のガイドラインと同様にISO 14040/14044(環境マネジメント、LCAの規格)を参照しています。
日本の経済産業省が2023年6月に公表した「カーボンリサイクルロードマップ」では、CCUに限りませんが、「カーボンリサイクル技術の評価には、LCAの視点が重要であり、分析・検証を行う。また、規格化・標準化についても取り組むことが必要」と言及しています。今後の規格・基準の行方の一つの道標として、欧州委員会やノルウェー政府が公開しているガイドラインが役立つことが考えられます。
環境への影響を可視化するスタートアップ
先ほどとは別のクライアントとのプロジェクトで、グリーン・トランスフォーメーションに関するスタートアップを調べたところ、製品のLCAやカーボンアカウンティングといったソフトウェア・サービスを展開している企業がすでに活躍していました。
フランスのGreenlyは、Scope1,2,3のCO2排出量を計算するカーボンアカウンティングと、クライアントの製品に関するLCAを実施するソフトウェアを開発し、金融、建設、不動産、デジタル技術、エネルギーといった様々な産業に対してサービスを提供しています。また、ドイツのMarkersiteは、クライアントの製品に関し、サプライチェーンを含めてAIや大量のデータを用いて分析し、コストやサステナビリティ、コンプライアンス、サプライチェーンリスクについて提言するソリューションを開発しています。同社のクライアントには、Microsoftやドイツの大手建設HOCHTIEF、ドイツの大手自動車部品製造Schaefflerといった企業がおり、注目度合いが伺えます。
日本企業の活動に目を向けてみると、帝人は2022年、GreenDelta(ドイツのソフトウェアディベロッパー)、Makersite、Minviro(英国の鉱業コンサル・ソリューションプロバイダー)、PRé Sustainability(オランダのフトウェアディベロッパー・コンサル)といった欧州のカーボンマネジメント企業との提携を発表し、製品のライフサイクルの環境負荷を定量的に評価し、CO2排出量の見える化や削減策の考案に取り組まれています。
現在のところ、CCUのLCAに特化したサービスを提供する企業は限られていると考えられますが、ガイドラインや具体的な計算方法が定まってくると、この分野でもサービスを提供する企業が増えていく可能性があります。CCUやCCS技術を開発している日本企業の方々は欧州のこのようなエコシステムに注目し、スタートアップ等と連携することは将来的に有効な手段となり得るでしょう。
最後に・・・
LCAは様々な分野でその重要度を増しており、CCUについてはCO2の影響の不確実性が高いため特に注目されています。確立された方法がない中、欧州ではガイドラインを中心に事例を示し具体的な方法の確立を目指している動きが確認できました。また、欧州のスタートアップは、規制当局による厳しい条件を遵守するため、環境面で様々なイノベーションを起こしており、今まさに熱い視線が注がれている分野です。日本企業でCCU技術を有する方々は、その技術を欧州で展開するために規制やエコシステムの情報をフォローし、事業戦略の策定にお役立ていただければと思います。加えて、CCUは、現在議論が活発に行われているテーマでもあるため、欧州でCCUやLCAをリードしている団体・政府などへアプローチ・訪問をし、議論の裏側の情報まで辿り着けると、より深い洞察を得られることでしょう。団体へのアプローチは、その団体に参加している欧州企業とのコネクション作りとしても活用でき、実企業の具体的な取り組みをヒアリングできる可能性も生まれてきます。
イントラリンクは、日本企業のクライアントにサポートを提供するべく、各社のニーズに合った企業の探索のみならず、ステークホルダーや業界団体へのインタビュー、市場調査、企業の最新事例集め、スタートアップとのパートナーシップ締結まで、幅広いイノベーションや新規事業開発活動を包括的にお手伝いしています。また、設立から30年以上に渡り、数多くの欧州スタートアップや政府組織、イニシアティブとの関係を構築してきました。ご関心のあるテーマがございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。