「中国イノベーションシーンに迫る」の第8回は、四川省の省都であり、独特のスローなエコシステムを構築する新進気鋭の南西都市、成都にフォーカスを当てます。成都は、文化やクリエイティブ産業における豊富なリソースと、政府による起業家精神への体系的な支援でよく知られています。 イントラリンクは今回、多くの日本企業が出資を受ける米国ベンチャーキャピタル(VC)であり、その中国本社を成都に置くPegasus Tech VenturesのパートナーであるJeff Wu氏、マネージングディレクターの Sophie Yao 氏にインタビューを行い、成都がオープンイノベーションに最適なユニークな都市になった背景、そして日本企業がこの地でのテックスカウティングを検討するべき理由などを語ってくれました。
中国南西部最大規模の都市
成都は、その豊富な商業資源、事業展開場所としての魅力、活気のあるスタートアップエコシステム、そして多様なライフスタイルを理由に、過去10年間に新興してきた都市です。そのGDPは2021年に50兆円以上を記録し、近隣都市の重慶に次ぐ国内南西部で2番目の規模となっています。また成都は、一帯一路戦略の重要な都市でもあり、今後中央政府からの更なる資源投入が見込まれています。その結果、現在成都市内には、オフィスや工場の設立を目的に合計310社以上のフォーチュン500企業が進出しています。 また成都は、お茶、麻雀、四川料理、旅行などを好む人が多く、ゆったりとしたライフスタイルで有名な上、生活費も比較的低く、中国で最も住みやすい都市の1つとして知られています。さらに、新しいものを喜んで受け入れる姿勢を持つ消費者が多いとも言われており、これらの側面が新たなバイタリティーを注入し、スタートアップエコシステムを支える若者にとって魅力的な都市を作り上げています。結果的に、過去数年間のGDPの約1/5をスタートアップや新たな起業家が占めているのです。
クリエイティビティを後押しする独特の雰囲気
成都は、市内の人々がスタートアップへの情熱を持ちながらも、ワークライフバランスを維持することに努める傾向があるため、国内で10ヶ所以上存在する同様の新興都市「新1線都市」(中国の第一財経が毎年発表する『都市の商業的魅力ランキング』において、6区分のうち「1線都市」の上海、北京、深セン、広州に次ぐ大都市の名称)とは異なる特徴を持っています。実際、Sophie氏も同都市のスタートアップは地元に強く根付いた特性を持っていると感じているそうです。彼女によると、Pegasus Tech Ventures創始者のAnis Uzzaman氏が中国本社の設置都市を選定するために2019年に訪中し、様々な都市を回る中で、成都は多くの学生が自分たちでビジネスを起こそうとしていた数十年前のシリコンバレーに似た印象を与えたと言います。 さらに以下のような理由から、数多くの若い事業家が「1線都市」から成都にUターンしているという事実も、この独特なエコシステムの構築に貢献しているようです。 ・「1線都市」では労働市場が飽和状態になりつつあり、新たに参入するスペースがない。 ・同額の給与を得ながら、ワークライフバランスをより良く維持することができる。(四川省出身の人々の90%以上が、落ち着いて働くために成都に戻りたいと考えていると推定されている。) ・文化的にも、同様の経済レベルを持つ都市と比較すると、成都はより開放的かつ近代的である。 ・成都は、十分なサポートを受けたインフラを備えた美しい都市であり、ゲーム業界をはじめとした文化やクリエイティブ産業に最適な場所になっている。世界的な人気を誇る『伝説対決 -Arena of Valor-』も、テンセントの傘下であるTiMi Studiosの成都チームが開発したものである。
成都に身を置く国内外の大手VC
資本投入の観点から見ても、Lenovo Capital、Matrix Partners China、Pegasus Chinaなど主要な国内資本の多くが成都に集中しています。加えて、増加しているローカルVCの半数以上に国の資金も投入されています。また韓国最大のVCであるKorea Investment Partners (KIP)も、2016年に成都のスタートアップへの投資を目的に、約100億円のファンドとともにオフィスを開設しました。 このような状況について、Jeff氏は「Pegasusのような大手海外VCは、大都市ではなく、新規参入者が低コストで市場開拓を実現できる成都を選んでいます。この選択により、投資家たちはローカルスタートアップに好印象を与えるとともに、素早いリソース獲得が可能となっています。」と述べています。そのため、成都は同様のインキュベーションコストが必要となる都市の中でも、VCにとって最良の選択となり得るのです。そして、中国国内のコロナの影響にも関わらず、成都は地方自治体との協力を通じて、今やスタートアップブームの段階にあると彼は考えています。
人々の生活価値を重要視するスタートアップ
成都のテック企業は、主に人々の日用品に基づいており、生活をより快適で楽しいものにすることができる製品を作り出しています。消費者向けのプロジェクターメーカーのXGIMI がその一例と言えるでしょう。また多くの企業がまず国内市場に焦点を置くものの、その後の東アジア及び東南アジアへの進出を見据えています。成都から名を挙げたユニコーンには、以下のような企業があります。
・Medlinker:医者向けのソーシャルネットワーキングプラットフォーム。Sequoiaが出資。
・Xinchao Media:エレベーター内におけるカスタマイズされたデジタル広告。JDやBaiduが出資。
・JUSDA:国境を越えたサプライチェーン管理プラットフォームサービス。Foxconn(鴻海科技集団)の子会社。
・1919:中国最大のアルコールEコマースプラットフォーム。Alibabaが出資。
・Juma Delivery:中国南東部最大のラストマイル配送システム。
TMTの優れた人材が作り上げたクリエイティブ産業
近年、中国では大企業が北京、上海、または深センという1線都市に構える本社に加え、二ヶ所目の大規模拠点を新1線都市に設置する傾向がよく見られ、その中でも成都が第一の選択肢となっています。Tencent、JD、HuaweiをはじめとするTMT産業のビッグネームは、同都市にR&Dセンターを、暗号通貨取引のKucoin も業務コスト削減のため、中国本社を設立しました。もともとこの傾向はTMT業界で多く見られたものの、現在はAI、スマートマニュファクチャリング、新エネルギー車などの新興セクターにも拡大しています。これにより、成都はハイテク産業の発展が促進され、大都市から来た人材を受け入れるのに最適な都市となっているのです。
その結果成長してきたセクターの一例として、クリエイティブ産業が挙げられます。先に述べたTiMi Studiosの成功もあり、成都は独自のオンラインゲーミングエコシステムを形成してきました。そして、そのゆったりとしたライフスタイルが若い世代のクリエイティビティにも影響を与えており、テンセント以外にも、Perfect World、Ubisoft、2K Games のようなゲーム業界の大企業が成都にR&D拠点を設置し、後に独立してゲームスタジオを設立する優れた人材を育ててきました。また近年は、世界中のゲーム業界の注目がメタバースという概念へシフトしていることもあり、成都はその恩恵を受け、AR/VR、アドバンスドディスプレイ、クラウドコンピューティング、テレコム、ブロックチェーンなどの業界でブームが起きました。
スタートアップと国際協力への政府の力強いサポート
成都政府は、成長している人材プールの重要性を理解しているがゆえ、同都市でビジネスを始める若者をサポートするために様々なリソースを提供しています。例えば、メーカースペース(新技術の探索と商業化のために政府または企業によって提供されるサービスプラットフォーム)、インキュベーター、アクセラレーター、政府がマッチメイキングやトレーニングを提供する科学技術スペースなどを合わせたインキュベーションシステム、資金調達、無利子借入、エンジェル投資、クレジットやローンを合わせた財政支援システム、スタートアップ向けの個別指導プログラムに関するライブウェビナーなどが提供されています。 国内ほとんどの都市が同様のサービスとリソースを提供することで企業を誘致し始めていますが、成都政府は最も効果的な政策ツールを活用し、スタートアップが本当に必要な支援を確実に受け取れるよう、サポートの実現に力を注いでいます。 Jeff氏によると、成都政府は東アジアからの投資やビジネス協力を支持する傾向があり、今年2月には、Qualified Foreign Limited Partner(適格海外投資事業有限責任組合:海外の機関投資家が、特別な認可を得て中国国内のプライベート・エクイティやスタートアップ市場に投資を行うことを認める制度)を新たに導入しました。同地方自治体とジェトロ間の緊密なコミュニケーションに基づいて実現したこの政策により、日本企業がFDIとは異なる方法で現地市場に参入するための新しいチャネルが開かれました。
最後に、、、
長年をかけて発展してきた成都のエコシステムでは、近年その結果が出始めています。しかし、中国企業にとっては、イノベーションのための選択肢として既によく知られたイノベーションハブであるものの、日本企業にとってはまだ新しい都市と言えるでしょう。 そんな中、中国を代表する大都市につぐ新1線都市の中でも、今やその勢いが止まらない成都は、メタバース関連など今後の成長が大いに期待されるクリエイティブ産業に強みを持っており、日本市場が近年注力する分野と重複するところも多いかもしれません。 また多くの中国企業が第二の本拠地を設置し、さらに海外資本もここ数年で進出している状況を見ると、既に中国へ進出している日本企業にとっても、今後を担うクリエイティブ産業における新規事業開拓にトライするために、成都での開発拠点の設置や、専門知識・技術を兼ね備えたローカルスタートアップとのコラボレーションが大いに役立つのではないでしょうか。 イントラリンクは、日本大手企業の新規事業開拓のため、アイディエーションから初期コンセプトやプロトタイプの市場検証、さらにテックスカウティングを通した新たなソリューションまたはビジネスモデルの創出を目的としたプロジェクトを数多く行なってきました。各企業の要望に沿ったプロジェクトをご提案いたしますので、成都のエコシステム及びスタートアップへご関心がございましたら、お気兼ねなくお声がけください。
筆者について Chelsea Lai(プロジェクト・コーディネーター)
上海オフィスにて、欧米クライアント企業を代表し、革新的な自動車及び再生可能エネルギー技術を中国企業に展開している。また国内での資金調達や、自動車OEM、主要家電プレーヤーへの投資機会開拓を行う一方、石油化学・エネルギー市場に焦点を当てたマーケットインテリジェンスプラットフォームにて、LNG市場分析を専門としていた。中国人民大学にて法律及び国際政治経済学を学んだ後、米ジョンズホプキンス大学で経済学、エネルギー、環境の修士号を取得。さらに米国トヨタのエネルギー環境研究グループに勤務した経緯も持つ。