世界中で脱炭素化の動きが激しくなる中、特にサステナビリティで世界をリードする欧州において、イントラリンクは、日本大手企業向けに数々の脱炭素化プロジェクトを受託してきました。その数はここ数年増え続けているものの、脱炭素化に関するEU規制の度重なる変更・追加に加え、新たなソリューションを開発するスタートアップも増加しており、適切な対応を取るために最新動向を把握しながら、柔軟かつ迅速な対応をとることが年々難しくなっているのが事実です。そのような状況を反映し、弊社は今年度から、欧州の脱炭素化戦略に特化したブログシリーズ「欧州、世界をリードする脱炭素化戦略と日本企業への示唆」を開始し、脱炭素化に取り組む日本企業の皆様に、様々な側面から欧州の最新脱炭素化動向をお伝えしていきます。 第1回となる今回は、弊社オックスフォード本社でプロジェクト・マネージャーを務めるイワナ・ボデアンが、「あめとむち」アプローチをとる欧州カーボンクレジット規制動向、またこれらの規制がもたらす日本企業への影響を解説します。
はじめに
脱炭素化に後れをとっている企業にとって、欧州での事業展開は、今後さらに困難を極めることになるかもしれません。2022年末、EUは同域に輸入される製品に世界初の炭素税を課すことを発表し、輸入業者は製品に組み込まれたCO2、1トンごとに100ユーロの支払いを強いられる可能性まで出てきています。しかし、将来はそれほど暗いものではありません。なぜなら、コストを相殺し、優れた業績に報いるための仕組みも用意されているからです。では、これらの規制は具体的にどのようなもので、日本企業にどのような影響を与えるのでしょうか。また、どのように新たなグリーンテックやデジタル技術がこれらの規制へ準拠し、さらに新たな収益源の構築に役立つのでしょうか。以下、具体的に見ていきたいと思います。
炭素国境調整メカニズム
炭素国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism、略称CBAM)は、EU市場に輸入される炭素集約型輸入製品に課される世界初の炭素税として導入され、まずセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素の6つの産業において、欧州域外における商品生産時に排出される炭素に価格を付け、支払いを命じています。 この規制は多くの批判を受けてきました。結局のところ、誰も余計な税金を払いたくないのです。しかし、私はこの規制が、EUの脱炭素化へのアプローチの「むち」だと理解しています。CBAMを通じて、EUは「カーボンリーケージ」(企業が炭素税の支払いを避けるために、気候政策の緩い国へ生産拠点を移すなど)のリスクに取り組みたいと考えています。さらにEUは多くの企業にとって重要な市場であることから、この新しい規制により、欧州に製造拠点があるかどうかにかかわらず、生産者に排出量の責任を負わせ、非EU諸国でのよりクリーンな工業生産を奨励するという意味で、グローバルな意味を持っているのです。 CBAMは、2023年10月から移行期間を開始、2026年1月から完全に発効する予定です。移行期間中は、輸入業者は金銭的な支払いを行う必要はなく、直接排出量(Scope1)のみ報告義務が課されています。とはいえ、EUは現在、間接排出(Scope2)の追加についても検討を始めており、2026年から対象となる可能性も否定できません。
CBAMがもたらす日本企業への影響
私は最近、近年のEU規制変更が欧州内の製造拠点だけでなく、アジアからEU諸国への輸出にも影響を及ぼす可能性に深い懸念を抱いているクライアントを担当しました。同様の懸念を持つ多くの日本企業は、まずCBAMに準拠した上で、節税するために、欧州で急速に普及している新しいデジタルソリューションを活用することで、すべてのポートフォリオ製品に含まれる排出量をより適切に追跡、監視、報告する必要があるのではないでしょうか。例えば、Googleなどから多額の出資を受けているスウェーデンのNormative.ioや、自動車メーカーのAudiと提携し、廃車が持つサーキュラーエコノミーの可能性を追求するオランダのCirculariseなどが提携候補企業として挙げられます。 CBAMにより、製品に組み込まれた排出量を追跡し、その対価を支払わなければならないという状況は困難なものかもしれませんが、施行が決定している2026年までの3年間、企業が脱炭素化への取り組みを強化するための猶予を与えていることも事実であり、上記のような革新的なデジタルソリューションは、プロセス全体を迅速かつ簡略化するのに役立つでしょう。
欧州域内排出量取引制度
2026年以降、企業がCBAM炭素税として支払いを求められる正確な価格は、EUの主要な炭素税政策である欧州域内排出量取引制度(EU Emissions Trading System、略称EU-ETS)の炭素価格に基づいて、毎週決定される予定です。 欧州に製造拠点を持つ日本企業にとって、欧州域内排出量取引制度は馴染みのあるものかもしれませんが、この制度は20年近く前に始まった世界初かつ最大の国際炭素排出権取引制度です。現在では、発電、航空、石油精製、金属、パルプ、紙、有機化学をはじめとする排出集約型産業活動などから排出されるEU全体のGHG排出量の約40%をカバーしています。余談ですが、日本政府も2023年4月から、任意ではあるものの、同様の排出量取引制度(GX-ETS)を導入しています。 EU-ETSでは、現在CO2排出枠(1枠=1トンのCO2)が、企業間で約100ユーロ/1枠で取引されていることから、CBAMの炭素税も同じような価格になると予想されています。 EU-ETSの目的は、GHG排出量の多い企業に課税すると同時に、優れた脱炭素戦略で、炭素税を下げたり、余った排出枠を売却して収入を得る可能性を持つ企業に報いることにも焦点を当てており、その点で「あめ」と「むち」、両方の役割を果たしていると言えます。
EU-ETSがもたらす日本企業への影響
そんな中、BASFのように、ある化学プロセスの副産物を他工程の原料として使用する「Verbund」と呼ばれるシステムを開発することで、CO2排出量を削減している企業も見受けられます。これにより、原材料やエネルギーの節約、排出の回避、そして最終的には炭素税の低減、さらにはEU-ETSの排出枠の売却による収益さえも期待できるかもしれません。BASFはまた、EU-ETSの中で「ゼロカーボン評価」に分類されるバイオマスを原料として使用しており、化石エネルギー源に対して大きな優位性を持っています。 一方、2022年末、EUはその運営方法に一連の変更を加え、厳しさを増すだけでなく、海運(2024年〜)、建物や道路輸送(2027年〜)、都市ごみ(2026年までに開始時期決定)といった新しい産業への対象拡大も視野に入れています。これらの変更は、脱炭素化の遅れが企業に多大な損失をもたらすことを意味していると言っても過言ではありません。
炭素除去の認証枠組み
EU-ETSの強制的な炭素クレジット取引とは別に、持続可能なビジネスに報いる方法として「自主的炭素市場」というものがあります。排出量を相殺しようとする企業は、民間認証クレジットシステムを運営するVerraのVerified Carbon Standard(VCS)などのプログラムによって、評価・認証された無数のサステナブルプロジェクトを展開する企業から「ボランタリークレジット」を購入できます。プロジェクト例には、植林、ソーラーパネル設置、CO2排出削減などが含まれます。この「自主的炭素市場」は、2030年には500億ドル以上の規模になると推定されており、スイスのClimeworks(直接空気回収とCO2隔離)やNeustark(コンクリートへのCO2活用)などのスタートアップは、すでに炭素クレジットプロジェクトを展開しています。 また、ボランタリークレジット普及を支援するため、EUはその市場の正当性と透明性を高める「炭素除去の認証枠組み」(Carbon Removal Certification Framework、略称CRCF)の導入も進めています。 2022年末に提案されたCRCFは、農家、森林管理者、産業界によるCO2の回収、利用、貯蔵のための革新的なソリューションを対象としています。その目的は、炭素クレジットの真偽を監視、報告、検証するために必要なルールを策定し、政府公認の強固かつ透明性の高い認証システムの基礎を築くことにあります。これにより、投資家やバイヤーは、より多くのCO2除去プロジェクトに資金を提供し、CCUSのような革新的な技術をサポートするための確信を得ることができます。 欧州委員会によるこの提案は、あくまで最初のステップに過ぎず、今後、検討、修正され、2023年末から2024年初頭に法律として制定される可能性も残されています。
最後に、、、
CBAM、EU-ETS、CRCFは欧州脱炭素化の流れの始まりに過ぎません。EUは最近、根拠のないグリーンクレームへの取り組み、資金調達へのアクセス改善、新しい持続可能技術に関する製造目標の設定ならびに開発促進に向けた行政的なハードルの除去など、さらなる提案を次々と発表しています。 これらの脱炭素化に向けた動きは非常にダイナミックであり、ここ数ヶ月で急速に変化が起きています。確かに脱炭素化に向け数々の規制(むち)を発表している欧州ですが、積極的にこの課題に取り組む企業に対しては、時間的にも猶予を与え、その姿勢を報いる枠組み(あめ)を採用している点も忘れてはいけません。だからこそ、今後も欧州での生産、あるいは欧州との取引の継続を希望する企業は、デジタル排出ガス監視ソリューションをはじめ、排出ガス削減やCCUS技術の導入を早急に検討するなど、この「あめとむち」アプローチをうまく活用しながら、長期的な価値を生み出す、持続可能なビジネスを構築していく必要があるのではないでしょうか。 イントラリンクは、数々の脱炭素化関連プロジェクトの経験と、欧州エコシステムに従事する各ステークホルダーとのネットワークから常に変化する状況を見極めることで、日本企業の皆様の最新動向把握とともに、新たなビジネスモデルや技術の開発、またパートナーシップの締結をサポートして参ります。そして、この持続可能性を追求する世界で、さらなる事業拡大と、収益増大のお手伝いをしていく次第です。 脱炭素化を取り巻く欧州規制、ならびに本ブログへのお問い合わせは、こちらからお気軽にご連絡ください。