2020年はCOVID-19の影響で世界中のビジネスイベントへの参加が困難になり、イノベーションに関する最新情報だけでなく、スタートアップやアクセラレーターなどのキープレーヤーへのアクセスも難しい環境となってきました。 先月のブログでもお伝えしたように、弊社はこの現状を踏まえ、昨年に開始した欧州版と中国版に続き、米国テックハブを特集する新ブログシリーズを開始いたします。このシリーズを通して、シリコンバレーに続く北米テックハブを紹介していきたいと思います。 第1回目となる今回は、ボストンを特集します。MITやハーバード大学など世界トップの大学や病院が集まるエコシステムにおいて、現地投資家が語る同地の強みとオープンイノベーションに最適な性質、また世界有数のテックハブに成長した背景やキープレーヤーについて、弊社米国拠点のクリス・ミラーが解説します。
数多くの『米国初』を生み出してきた中心的存在
ボストンは、国内初の地下鉄や灯台、国内最古の大学(Harvard University)、野球場(Fenway Park)、公園(Boston Common)が位置する、米国で最も古く、歴史的にも有名な都市です。そして域内のビジネスは、500万人近くにのぼる人口と国内最大規模の病院、大学、大手企業とその活気に満ちたスタートアップコミュニティに支えられ、観光、金融、ヘルスケア、教育、商業漁業、テック開発など多様な分野で展開し、2018年のGDPは4000億ドルを超えています。
現地スペシャリストが語るエコシステムの強み
今回、弊社はボストンエコシステムのキープレイヤーであるTectonic VenturesとThe Engineに、その特徴と魅力を伺いました。 ライフサイエンスやロボティックス、またソフトウェアを中心に投資を行うTectonic Ventures のManaging Partner、及びMITスローン経営大学院の客員教授を務めるMatt Rhodes-Kropf氏によると、同地域のスタートアップは、B2CよりもB2Bに焦点を当てていると言います。「ボストンのスタートアップ創業者の多くが企業と提携した経験を持ち、これを共生関係とみなしているため、シリコンバレーの企業が既存市場に破壊的な影響をもたらすビジネスモデルを追求しがちである一方、ボストン企業は大企業が直面する新たな課題に対する取り組みを支援するためのソリューションを提供する傾向があります。」 さらにMatt氏は、ロボティックスエンジニアがSaaSの切り口を発見し、その関連ソリューションを開発する企業、または創薬に特化した分析企業を設立するなど、産業間の相乗効果も指摘しています。このようなトレンドは、初期段階でも、実績のあるビジネスモデルを備えたスタートアップの登場を後押ししています。 一方、MITによって設立されたThe Engineは、長期的な社会的問題解決に導くソリューションを開発するアーリーステージの「tough tech」企業に戦略的資金、ラボや製造スペースへのアクセス、さらに大企業や政府のパートナーとのネットワークを通じたサポートを提供しています。同組織でHead of Partnershipsを務め、乳児の健康的な睡眠を促進するウェアラブルデバイス開発企業の創設者でもあるDulcie Madden氏は、ボストンテック企業の相対的な成熟度も指摘しています。「多くのボストンの投資家が低リスクを重要視するため、スタートアップは早い時期から収益性の実証を求められます。その結果、真の優良企業が生まれる傾向があるのです。」 さらに彼女は、「政府は公益のためにイノベーションにおいて非常に重要な役割を果たしている中、ボストンがワシントンD.C.に近接していることは最大のメリットとなり、この好条件は開発をサポートし、開発に影響を与えることもできます。」と、ニューヨークやワシントンD.C.との密接な関係も強調しています。そして言うまでもなく、ケンブリッジエリアとボストンに位置する大学にて行われる質の高い研究も重要な要因であると述べています。
世界最高レベルを誇る学術機関の密集都市
ボストンのエコシステムは、主にMITをイノベーションのリソースとして発展してきました。また近郊には、主要な研究大学や医科大学など45以上の学術機関が集中し、市内の総人口に占める大学生の割合だけでなく、マサチューセッツ州の1人当たりのSTEM(science、technology、engineering、mathematics)分野の学位取得率も米国一であり、科学技術開発に重要な分野で圧倒的な強さを誇っています。さらにハーバード大学、MIT、ボストン大学、タフツ大学など日本でも名の知れた有名大学の多くが、Harvard Innovation Labsのような研究施設やアクセラレーターを設置するなど、ケンブリッジだけでもシリコンバレーの3倍とも言われる研究費が注ぎ込まれるイノベーション発祥の地となっています。 一方、医療機関が集中するLongwood Medical Areaには、米国内で最も権威のあるMass General HospitalやTufts Medical Centerをはじめとする7つの教育病院が位置しています。ここでもBoston Children’s Hospitalがアクセラレータープログラムを運営、さらにPartners Healthcareが独自のイノベーションファンドを設置したりと、メディカルスクールからのスピンアウト企業を生み出す環境が整備されているのも特徴です。 このテクノロジーシーンは、1980年代には政府の助成金を受けた大企業のエンジニア関連プロジェクトに焦点を置いていましたが、1990年代になるとこれらの企業の力が衰え、大学、ベンチャーキャピタル、国際的に活躍し今までに2000社以上を輩出してきたMassChallengeの支援を受けて成長し始めました。マサチューセッツ州政府も、1978年にボストンエリアのテック企業に資金を提供する準公共組織「Mass Ventures」を設置してから、近年ではボストン市がスタートアップへの助成金や投資家税額控除、またデジタルヘルス分野へのサポートを公約した経済開発法案が2016年に成立するなど、政府の支援も長年行われてきました。
域内に散在する多様なテックランドスケープ
ボストンは、ライフサイエンス企業がケンブリッジ、フィンテック企業が市内金融地区、ロボット工学や高度な製造技術開発企業が近郊のWalthamに位置するだけでなく、その他にもインシュアテック、コンピュータービジョン、アディティブマニュファクチャリングが広く展開するなど、セクターごとに高密度なエコシステムを地域全体で構築してきました。 その結果、現在のV C投資状況は、2017年の87億ドルから2019年は108億ドルと、バイオテクノロジー関連の案件を中心にたった2年間で20億ドル以上の伸びを記録した上、2020年も9月だけで32億ドルを記録するなど、その勢いは増し続けています。 同都市のユニコーンには、mRNA中心の医薬品開発で、COVID-19のワクチンに関する有望な第3相臨床試験データを公開したばかりのModerna Therapeutics 、機械学習で年間収穫量を向上する耐久性の高い穀物栽培を可能にするアグリテックのIndigo、Nasdaqなどの大手組織に使用されるデータ管理サービスを提供するActifioなどが名を連ねています。また弊社クライアントであるプログラミング可能な合成DNA技術を開発するバイオテックユニコーンのGinkgo Bioworks、MITのAIラボの研究に基づくクラウドネイティブのデータマスタリングのTamr、ナノビーズ技術を使用したバイオマーカー検出のQuanterixなども活躍しています。
国内最大級の投資家コミュニティ
エコシステムを支える代表的な投資家には、Twitterにも出資した経験を持ち、メディアやモバイル技術に焦点を当てるSpark Capital、バイオテックのアーリーステージ企業を中心としたAtlas Venture、認知症などインパクトの大きいヘルスケアソリューションに特化したSV Health Investorsなどの主要VCに加え、国内最大のクリーンテック特化型インキュベーターで、7.5億ドル以上の調達に成功してきた230社を輩出するGreentown Labs、ライフサイエンスと合成生物学にフォーカスするアクセラレーターのPetriなどが集中しています。またGE、Boston Scientific、iRobot、Boseを筆頭に、数多くの大手主要テック企業の本拠地から優れた人材が独立・スピンアウトすることも多々ある上、Shell VenturesなどのCVCも展開しており、大企業もエコシステムの発展に貢献しています。
最後に、、、
ボストンは、その科学技術分野での強みから既に世界有数のエコシステムであるだけでなく、企業パートナーにとってさらに有利になる機能性を備えており、特にそのスタートアップの相対的な成熟度と、既存プレーヤーとの提携を好む性質により、オープンイノベーションの魅力的なターゲットとなっています。したがって、ライフサイエンス、フィンテック、次世代製造技術、ロボティックスなどいずれの分野においても、北米でイノベーションを求める企業はボストンに拠点を置くことを検討するべきと言えるでしょう。このようにコラボレーションの機会に溢れたボストンのエコシステムやスタートアップにご興味がございましたら、ぜひお声掛けください。