欧州テックハブシリーズ11回目は、ノルウェーの首都であるオスロのエコシステムにフォーカスを当てます。 今回は、Oslo Business RegionでInvestment Managerを務めるTonje Ørnholt氏に、オスロのイノベーションエコシステムの現状と、今後の展望についてお話を伺いました。オスロは先を行く北欧主要都市に追いつくことを優先しつつも、クリーンテック、モビリティ、またインパクトテックなどで独自の強みを発揮しながら成長を続けています。本コラムでは現地のスペシャリストからの最新インサイトに加え、日本企業がオスロのエコシステムと連携する可能性を探ります。
天然資源が生み出す安定した経済的基盤
華やかな欧州都市の中で埋もれがちであるオスロですが、新型コロナによる影響が最も少ない都市のひとつであり、近年、そのエコシステムは他都市の平均より50%近く速いペースで成長しています。(Oslo State of the City 2022 Report) 「ノルウェーでは、石油や魚類などの天然資源に基づく安定した経済的基盤が魅力ですが、今後は温室効果ガスの排出を削減しつつ、さらに環境を保護しながら、新たなテクノロジーやイノベーションを通じた成長や雇用の創出を続けていきたいところです」とTonje氏は語っています。
クリーンテックが導く未来
ノルウェーは石油・ガスから撤退し、他分野において新たなビジネスチャンスを生み出しており、特にSovereign Wealth Fundから多額の資金援助を受けたことで、クリーンテックと再エネに話題が集中しています。大規模な低炭素政策やその意欲の高さ、持続可能な輸送手段の採用とそれらへの投資、また海運業界のグリーン化により、オスロはリーダーとして地位を確立しています。(Oslo State of the City 2022 Report) 国営エネルギー企業であるEquinor(旧Statoil)は、2030年までに年間総設備投資額の半分以上を再エネと低炭素ソリューションに割り当てることを目標とするEnergy Transition Planを今年初めに発表し、すでに日本でも再エネ、特に洋上風力発電の普及に積極的に取り組んでいます。 また、昨年にはノルウェーの船舶用蓄電システムメーカーであるCorvus Energyと住友商事が、日本市場における蓄電システムの供給・保守を目的とした合弁会社を設立したことも、クリーンテック分野での国を超えた協力関係の一例となっています。またオスロ発のクリーンテック企業の一例であるOtovoは、地域の太陽光エネルギー設置業者を組織化して推薦するオンラインマーケットプレイスを運営しており、9,200万ユーロを超える資金を調達し、国際的な成功を収めています。またGlint Solarも機械学習を用いて最適なグリーンフィールド用地を特定するソリューションで良く知られています。
モビリティとインパクト投資で促す、社会の活性化
持続可能性と脱炭素化を重視してきた結果、サステナブルなモビリティーソリューションの出現も見られるようになりました。 最近の取り組みとしては、斬新なスマートモビリティソリューションの適用を加速するための資金調達スキーム「Pilot-T」が挙げられます。現在までに8つのプロジェクトに600万ユーロ以上が付与されており、さらに、オスロのInstitute of Transport Economicsは先日、ローカルインキュベーターであるStartupLab Mobilityと提携し、MaaSに焦点を当てた新規アーバンモビリティソリューションを開拓するためのテストアリーナを設立しました。 オスロは、新しい公共交通インフラの整備に2036年までに10億ユーロ以上の投資を計画しており、EVや持続可能なモビリティの利用を積極的に奨励しています。この領域では、海上・航空貨物運賃のベンチマークや市場分析プラットフォームであるXeneta、人の移動データを提供するUnacast、またサービスとしてのストレージスペースを提供しているWandaが成果を上げています。 一方、オスロはインパクト投資にも注力しています。インパクト投資とは、金銭的なリターンだけでなく、社会や地球環境に測定可能なインパクトを与えることを目的に、企業、組織またファンドに対し行う投資を指します。Oslo Business Regionによると、オスロだけでも現在170社以上のインパクトスタートアップが存在し、合計の評価額は18億ユーロという驚異的な数値を誇ります。ノルウェーは、インパクトにフォーカスしたエコシステムを持つ国としてスウェーデンと肩を並べる上、創業チームの多様性ではトップであり、その15%以上が女性のリーダーに率いられています。 2018年には、北欧のアーリーステージ企業を支援するアクセラレータープログラム「Impact Startup」が設立され、これまでに6世代のインパクトスタートアップが巣立っています。特に興味深い卒業生の例としては、Vilje Bionics(腕の外骨格)、TotalCtrl(食品廃棄防止のためのソフトウェア)、Jodacare(医療従事者、患者、また家族のためのコミュニケーションプラットフォーム)などがあります。 Tonje氏は、「インパクト投資とクライメートテックに対し、オスロは非常に先進的です。Climate Budget(「気候変動対策予算」)を通じ、市の購買力が、炭素排出量を削減するソリューションに流れるようにしており、2025年までに市の建設プロジェクトをすべてゼロ・エミッションにすることを目指しています」と述べています。 気候変動に焦点を当てたスタートアップの中でも、同市のCHOOOSEは、小売業者がチェックアウト時やアプリ内で気候変動対策を積極的に取り入れることができるソリューションで、国際的な注目を浴びています。
大企業にサポートを受けるヘルステック&ライフサイエンス
ヘルステックとライフサイエンスにも発展が見られます。GE Healthcare、Pfizer、AstraZeneca、Merck、BASFをはじめとするヘルス、テクノロジー、海洋、農業分野を含む100以上のメンバーからなるネットワークのOslo Life Science Clusterに支えられ、特に未来の医療を担うワクチンや新しい免疫療法の発見・開発に注力する臨床段階のバイオ製薬会社のNykode Therapeutics、伝染病の患者を安全に搬送するためのソリューションを提供するEpiGuard、また医薬品と標的探索を提供するNexteraなどが活躍しています。
成熟分野も依然として好調
ノルウェーのフォーカスはクリーンテックやモビリティーなどの新しい分野に移ったものの、フィンテックやエドテックのような成熟した分野でも複数のスタートアップが成功を収めてきました。 Dune Analyticsは最も著名なフィンテック企業の1つで、暗号通貨向けのデータソリューションを提供しています。Neonomicsも単一のインターフェースで複数の口座にアクセスできるオープンバンキングAPIを提供し、最近人気を集めているスタートアップです。地域全体では、150以上の革新的なフィンテックスタートアップがサービスを展開しています。 一方、エドテックスタートアップは80社以上にのぼり、ゲーミフィケーションプラットフォームで世界的に認知された最大手のKahoot!、次いで企業における社員教育・人材育成のためのシミュレーション型研修のAttensi、コーディングのための学習プラットフォームScrimbaなどが名を連ねています。
最後に、、、
昨年にはオークランド、ロッテルダム、そしてオタワを抜き、オスロは、急速に世界の主要なイノベーションハブになりつつあります。「大幅な発展を遂げ、ストックホルムやヘルシンキといった北欧の主要都市に匹敵するほどの存在になりました」とTonje氏は説明します。 現時点までにオスロは6社のユニコーンを輩出してきました。Eコマース販売者向けにカスタマイズされた印刷製品を提供する印刷プラットフォームGelato、オンラインスーパーマーケットのOda、重工業向けのデジタルトランスフォーメーションを実現する産業用IoTプラットフォームCognite、自動化されたストレージおよび倉庫検索システムのAutoStore、また先述したDune AnalyticsやKahoot!など、どれもここ3、4年で台頭してきた企業です。 オスロ地域とノルウェー全体は、特にクリーンテックと海洋イノベーションの分野で日本企業に提供できる価値を多く持ち合わせており、現在さまざまなコラボレーションの道が開かれています。つい先月、国営開発銀行Innovasjon Norgeが主催する海洋産業に関する大規模なネットワーキングイベントが東京で開催され、両国から150社以上が参加しました。今後も同様のイベントが企画されることでしょう。 イントラリンクは、日本大手企業の新規事業開拓のため、アイディエーションから初期コンセプトやプロトタイプの市場検証、さらにテックスカウティングを通した新たなソリューションならびにビジネスモデルの創出を目的としたプロジェクトを数多く行なってきました。各企業の要望に沿ったプロジェクトをご提案いたしますので、オスロのエコシステム及びスタートアップへご関心がございましたら、お気兼ねなくお声がけください。
Oslo Business Regionについて
Oslo Business Regionは、地域のスタートアップ・エコシステムを支援することを目的にオスロが設立・所有する組織である。スタートアップが投資家やその他ステークホルダーとのつながりを構築できるよう支援し、都市の社会・経済的発展やスタートアップエコシステムの現状に関する四半期ごとのレポートを発行することで、最新のインサイトを提供している。官民パートナーとともに年間約50のプロジェクトを実施する他、欧州最大のイノベーションカンファレンスの1つであるOslo Innovation Weekを主催している。