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脱炭素化を加速する精密発酵と微細藻類:持続可能な未来へのステップ

脱炭素化を加速する精密発酵と微細藻類:持続可能な未来へのステップ

脱炭素化を加速する精密発酵と微細藻類:持続可能な未来へのステップ

 

 

  1. はじめに

私たちが日々楽しんでいるビールや日本酒、味噌や納豆、ワインやチーズなど、発酵食品は様々な形で広く流通しています。また普段不足しがちな栄養を補ってくれるサプリメント各種は主に酵母などの微生物や藻類から製造されており、日常生活には欠かせない存在です。ところで皆様は、このような微生物や藻類が食品を超え、燃料やプラスチック、化粧品の原料としてさえ利用できることをご存知でしょうか。

微生物が従来の化石燃料由来の原料に代わるものとして期待される中、「精密発酵や微細藻類を活用した新しいビジネス」の可能性を求め、すでに欧米の大企業を中心に同分野でスタートアップとのコラボレーションや市場の形成が盛んに行われ、それに続く日本企業も見られます。高い技術を持つ日本企業は、特定分野の専門性備えるスタートアップと協業することで発展途上の技術分野に参入し、先行者利益を受けることができる上、環境配慮の技術による炭素税削減やカーボンクレジットの発生など新たな収益源の多様化を実現する可能性も秘めています。

しかし、精密発酵や微細藻類に関するプロジェクトを手がけてきた弊社コンサルタントによると、同業界には欧州特有の成長要因が複数存在し、その影響と複雑さにより、環境意識が高い消費者心理を重要視したB2Cビジネスと、環境規制遵守と新たな収入源の創出を目指すB2Bビジネス、新規事業開拓にはそれぞれに異なるアプローチが必要とされると言います。

本ブログでは、イントラリンク英国オフィスでプロジェクト・マネジャーを務めるイワナ・ ボデアンと鵜澤聡が、このような業界・技術トレンドを日本企業が最大限に活用するためのアプローチを、海外大手企業の新規事業開拓事例とともに提案します。

 

  1. 拡大する発酵・藻類市場

Custom Market Insightsのレポートによると、精密発酵の市場規模は、2022年時点では21億ドルとまだ成長過程であったものの、2032年には255億ドルに、年平均成長率も45%に及ぶと想定されています。また微細藻類に関するFMIのレポートによると、2023年時点で118億ドルの市場が、8%の年平均成長率で2033年には254億ドルに達すると予測されています。この主な成長要因は、a) 規制、b) 消費者行動の変化、c) 精密発酵や微細藻類の技術的優位性、の3つにあると考えられます。以下、それぞれの詳細を見ていきます。

 

 

  1. 欧州の規制による後押し

B2C、B2Bビジネスともに、脱炭素に関する規制が市場成長の主要なドライバーとなっています。EUは「グリーン・ディール」と呼ばれる厳しい規制の導入により、環境を汚染する製品の生産販売を抑制するとともに、持続可能な代替品の採用を支援しています。弊社の調査結果に基づくと、これに関連した精密発酵や微細藻類製品の市場機会があると考えます。以下は具体的な規制の例です:

使い捨てプラスチックに関する指令:持続可能な代替品が容易に入手でき、かつ手頃な価格である場合、使い捨てプラスチックをEU加盟国の市場内で取り扱うことを禁止。

再生可能エネルギー指令:2030年までに、輸送のエネルギー消費に占める先進バイオ燃料の割合を少なくとも3.5%に引き上げることを目指す。

持続可能な製品のためのエコデザイン(Ecodesign for Sustainable Product)規則:製品のカーボンフットプリントの低減、リサイクル可能な設計、エネルギー・資源効率の向上などの要件を導入。

EUグリーンクレーム指令(提案段階):グリーンウォッシングを防止するため、EUが承認した基準に基づき、独立機関が検証したデータを用いて、企業が自主的にグリーンクレームを立証。

企業はこのような規制から自社のビジネスを守るために、積極的に代替技術の探求を行っています。特に、温室効果ガスの排出におけるScope 3であるサプライチェーン全体を通じた持続可能性目標を達成するには、精密発酵や微細藻類技術を活用したバイオベース製品の採用が有用となるため、直接的でなくとも、間接的な規制導入により多くの企業がこの分野に注目しています。

 

  1. 消費者からの要望

B2C企業は、消費者からも持続可能な原料への切り替えを求められています。もちろん、製品価格が依然として購買行動の最大の原動力ではあるものの、欧州では可処分所得の増加や環境に配慮した消費者行動の増加傾向が見られます。例えばマッキンゼーが2023年に発表した欧州の消費者動向に関する報告書によると、欧州の消費者の半数以上が、アパレル、食品、家庭用品を購入する際に、製品のリサイクル可能性、調達先、フェアトレードの慣行など、健康と環境に関する要素が重要と回答しています。特にパーソナルケア分野では、包装資材の削減(60%)、リサイクル可能性(57%)、持続可能な原料調達(61%)などが、購買決定に影響を与える主要要因として挙げられています。

また、中・高級プレミアム・セグメントでは、様々な製品でバイオベースの新素材が積極的に採用されており、「サステナブル」であることを活かして成功しているブランドの例として、Typology(ナチュラル・ヴィーガン・スキンケア製品)、Monde Nissin傘下のQuorn(マイコプロテインをベースにした代替肉)、SC Johnson傘下のECOVER(サステナブル・クリーニング製品)などが活躍しています。

ECOVERの製品:2014年より25%の再生プラスチックと75%の植物性プラスチックでボトルを製造

 

 

  1. 精密発酵・微細藻類の技術的な優位性
  2. を集めています。

まず、これらの技術は従来の耕作地に依存せず生産を行うことが可能です。バイオリアクターは理論上、砂漠のような農業に適さない土壌にも設置でき、食料、飼料、燃料、化学物質など様々な物質を生産できます。その影響もあり、中東・北アフリカ(MENA)における発酵技術への投資が、2021年から2022年にかけて24倍に増加したことも注目に値します。さらに、これらのプロセスは資源保護にも寄与します。発酵技術は、林業や農業、都市からの廃棄物を原料として利用でき、微細藻類はDAC(直接空気回収技術)のような技術と組み合わせることで、回収したCO2を培養に利用することが可能です。また、再生可能エネルギーを使うことで化石燃料に依存しない生産が実現できる点も魅力的です。

これらの技術は、動物由来タンパク質の代替品(例:Solar Foods、フィンランド)やオメガ3脂肪酸(例:Fermentalg、フランス)、パーム油の代替品(例:NoPalm Ingredients、オランダ)、バイオポリマー(例:CO2 BioClean、ドイツ)、燃料(例:Phase Biolabs、英国)など、多様な用途向けに様々な標的分子を生産することを可能にし、既に多くのスタートアップがこれに取り組んでいます。

Solar FoodsのSoleinという製品。CO2を消費する単細胞微生物からタンパク質、鉄分、繊維質、ビタミンB群を抽出。

 

  1. 業界の動向

本章では、先述した要因がドライバーとしてどのようにビジネスに影響を与えているか、また技術動向について、具体的な事例とともに見ていきます。

  1. B2Cセグメント

消費者行動が植物由来製品を求める方向にシフトする中、この市場機会を活用しようとする企業例にUnileverがあります。彼らは、微細藻類からたんぱく質溶液を製造する英国スタートアップのAlgenuity提携し、マヨネーズや焼き菓子、パスタなどに利用可能な製品の事業拡大を目指しています。

同様に、L'Oréal はフランスの微細藻類スタートアップMicrophyt投資し、化粧品原料の共同生産を開始しました。他にも、International Flavors & Fragrances(IFF)が、香料産業用に微細藻類ベースのビルディングブロックを開発するMULTI-STR3AMプロジェクトに参加するなど、EUのHorizonプロジェクトを通じて開発を進めるケースも見られます。

前述のように、消費者の可処分所得が増加し、環境意識が高まるにつれて、サステナブルなプレミアム製品セグメントにはますます大きなチャンスが生まれていると言えます。このセグメントは消費者心理と製品コンセプトが一致し、利益率も高いという利点があり、新たなソリューションに関連するコストの一部を補える可能性を持ち合わせています。

  1. B2Bセグメント

一方、B2B企業はCO2排出量を削減し、新たな収益源を模索しています。例えば、欧州の鉄鋼メーカーArcelorMittalは、米国の発酵技術企業LanzaTech提携し、ベルギーの製鉄所から排出されるCO2を回収し、精密発酵によりエタノールに変換、様々な用途で販売しています。

さらに、将来を見据えて、石油化学製品の代替製品を開発しようと試みる動きも見られる中、韓国のLG Chemは、ドイツのBluCon Biotechとの提携・戦略的投資によって、現在のプラスチック材料に代わるバイオ由来で生分解性のPLA熱可塑性プラスチックの前駆体である乳酸を生産しています。

B2C企業とは異なり、B2B企業は、微細藻類と精密発酵を規制遵守のためにGHG排出量を削減する方法と捉え、炭素税によるコストを将来的に相殺する新たな収入源と見込み、取り組んでいると想定されます。その中でも、前述のLanza techやBluCon BiotechといったB2B2Cビジネスは、純粋なB2Bと比較しても、速いスピードで同技術の活用を進めています。

LanzaTechのビジネスモデル。大気中や排ガス中の二酸化炭素を原料に、エタノールを合成。その後のアプリケーションは様々。

 

  1. 精密発酵・藻類ビジネスの課題と新技術

これらの技術のポテンシャルを最大限活用するには、まだまだ克服すべき課題もあります。

最も顕著なのは、コストの高さです。旧来の製品はすでに技術やサプライチェーンが確立し、コストも最適化されているのに対し、精密発酵や微細藻類の製造コストはスケールアップの難しさから依然として高く、価格競争力が弱いと言えます。事実として、ここ10年間でGreenFuel、Sapphire Energyといった藻類から燃料油を抽出する企業が倒産したケースもあります。

スケールアップの難しさは、私たちが実施したヒアリングからもよく聞かれた内容であり、実験室レベルからパイロット規模、そして商用に事業拡大する際は、生物を扱うという性質上、各環境で最適な条件を探し、かつ外部要因も考慮しなければなりません。

とはいえ、現在ではこの課題解決に向けて新しいバイオリアクターの開発、バッチプロセスから連続プロセスへの変更(例:DAB.BIO、オランダ)、遺伝子組み換えを実施した微生物や藻類の利用(例:Eden Bio、英国)などが進められている一方、コニカミノルタがスイスのPlanetaryと発酵プロセスを最適化するためにセンシング技術とAIを導入する提携を行うなど、大企業がプロセスのスケールアップを支援する動きも見られ、今後の更なる技術発展が期待されています。

 

 

  1. イントラリンクの見解:このトレンドが日本企業にもたらすビジネスチャンス

では、日本企業はこの技術をどのように活用するべきなのでしょうか。弊社は、B2C、B2Bの両方でチャンスが存在すると考えていますが、それぞれの特徴に合わせた異なるアプローチを提案します。

 

B2Cビジネスでは、既に大きな市場が欧州にできつつあり、短期的により大きな商機が期待できます。これは、厳しい脱炭素化目標という規制当局側からの圧力に加え、富裕層や環境意識の高い消費者層が需要を支えているためです。先述のUnileverはこの市場へ早期参入するために先行投資を行うことでB2C向けの製品開発を進めており、このような大企業の参入により市場形成が今後さらに加速すると考えられます。そしてこの先駆けのタイミングで、日本企業も同ビジネスへの進出を検討をすることが重要です。そして高品質な製品や高いサービス、ロイヤリティの高いブランド力をすでに持つ日本のB2C企業であるからこそ、精密発酵や微細藻類の技術を持つスタートアップとの提携により、迅速に、スムーズに消費者に価値ある製品を提供できるのではないでしょうか。

 

一方、B2Bビジネスでは、政府の支援的な規制のフォローや、有望なスタートアップとの提携で先行者利益を得ることが鍵となります。それは、カーボンニュートラルを目指す政府からこのような技術に対して支援的な制度が作られやすい状況であることと、特別な技術を持つスタートアップが資金やスケーリング技術などを大企業に期待しているためです。バイオベース原料の利用がまだ初期段階であり、精密発酵や微細藻類技術は、大量生産と低コスト化の実現にはまだ至っておらず、(産業用)顧客が持続可能性よりもコストを優先する傾向にあります。しかし、政府が課す持続可能性目標を達成し、炭素税の支払いを避けるため、顧客も代替技術の導入を検討し始める時期がすぐに到来するでしょう。実際に、ArcelorMittalを先例にその傾向が見られる中、日本のB2B企業も、工業プラントの建設、センサー、製品配合、遺伝子工学など、高い専門知識を活用し、精密発酵と微細藻類技術のエコシステムに積極的に参加することで、スタートアップと提携しながら先行者利益を得ることが可能になります。したがって、このような技術を結果的に支援するような規制・制度をしっかりとフォローすると同時に、有望なスタートアップに投資をすることも一つの手であり、短いリードタイムでの実現に向けてローカルエコシステムに広いネットワークを持つ企業を活用することが重要となります。

 

 

 

 

 

  1. おわりに

弊社の日本企業クライアントとのプロジェクトを通じ、この分野が業界団体やスタートアップ、大企業の間で非常に活気を帯びていることを実感する点を背景に、今回の記事では、精密発酵や微細藻類技術を例に新しいビジネスのトレンドを紹介しました。

しかしながら、同業界は注目を集めている一方で、独特のエコシステム・ネットワークが構築されているニッチな分野ともいえ、参入は容易ではありません。そのため、当業界に精通した専門家や、同業界でのビジネス経験を持つ第三者と協力することが重要です。

イントラリンクは、政府関係者、スタートアップ、大学の有識者など、各ステークホルダーとのネットワークを通じた直接的な情報収集で、EU規制の最新動向調査やトレンド分析などを行うだけでなく、新規ビジネス開拓に向けて各プレーヤーと日本企業との関係構築をゼロから支援する伴走型サポートで、これまで多くの日本企業クライアントへ欧州での技術探索・コラボレーションの実現に向けた支援を提供してきました。

サステナブルな技術を用いて脱炭素を目指したい、自社製品の価値を高めたい、既存顧客のロイヤリティを高め新規顧客を獲得したい、といった具体的なご要望がありましたら、是非ともお声がけください。

 

著者について

イワナ・ ボデアン

オックスフォード本社を拠点に、日本大手企業を対象としたイノベーション創出プロジェクトを担当。イントラリンク入社以来、日本企業のパートナーとなりうる欧州スタートアップや学術組織を発掘するためのプロジェクトに数多く従事してきた。特に、CCUS、循環型経済、スマートグリッド、再生可能エネルギーに関する幅広い経験を有し、日本企業の脱炭素化加速に貢献してきた。ルーマニアで生まれ育った後、英国シェフィールド大学で日本学と歴史学の学位をダブル取得。在学中、交換留学生として岡山大学に1年間在籍した経験を持つ。

 

鵜澤 聡

オックスフォード本社を拠点に、日本大手企業を対象としたイノベーション・事業開発プロジェクトを担当。日本にて化学工学の学士・修士号を取得した後、日本の政府関連組織で約10年勤務。内、2年間はロンドンで日本企業の英国進出をリサーチャーとしてサポート。2022年には、英国バース大学にてMBAを修了。イントラリンク入社以来、日本企業のパートナーとなりうる欧州スタートアップや学術組織を発掘、さらに欧州市場調査のプロジェクトに数多く従事。特に、化学分野、欧州・英国の政策、基準作成等に関する幅広い経験を有し、日本企業の欧州市場進出に貢献してきた。

 

 

 

 

 

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