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革新を追求してコロナショックに適応する 欧州イノベーションエコシステム

2020年という節目を迎えた本年、世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス(COVID-19)は、言うまでもなく国際ビジネスにも大きな影響を与えています。このブログでは、その影響に欧州エコシステムがどのように最新技術を活用して現状に適応しているか、注目のスタートアップ や各政府の取り組みをご紹介しながら、以下解説します。

COVID-19によるインパクト

新型ウイルスの波は、欧州にも約1ヵ月前に直撃し、あっという間に中国を上回る規模で感染が拡大しました。それに伴い、成長し続けてきたエコシステム全体の状況が厳しくなっているのも、否定できない事実です。特に企業としての持続性や安定性に欠けるスタートアップを取り巻く環境では、3月に記録した前月比22%減、かつ過去2年間で最低の投資ラウンド数や、経済の低迷による企業価値評価の低下など、その影響は明らかで、今後撤退を余儀なくされるケースも多々出てくると考えられます。しかし、そんな厳しい状況をビジネスチャンスとして捉え、最新技術で対抗、さらに成長に結び付けようとする企業が奮闘しています。

加速するデジタルトランスフォーメーション

ロックダウンで不要不急な業務は自宅から行うことを強いられている欧州ですが、全体の約15%の人々が何らかの形で遠隔勤務をしているというデータがある通り(2018年に欧州生活労働条件改善財団が発表)、もともとテレワークの習慣がある程度定着しています。そのため、WEB会議も頻繁に行われてきましたが、現在多くのスタートアップが利用者の急速な増加を経験しており、この機会を活用したビジネス拡大に向けて、サービスプラットフォームの無料トライアルを提供しています。実際、チーム内の会議やトレーニングを通じて、コミュニケーション向上及び業務の効率化を図るプラットフォームを開発するKlaxoonは90%以上、また社内コミュニケーションプラットフォームのSmarpも、昨年と比べて110%以上も需要が伸びていると言います。 また様々なイベントが中止を余儀なくされる中、多くの企業がオンラインイベントプラットフォームHopinを採用し、オンライン上で人々を繋げる試みを実施する一方、スペイン在インキュベーターのDemiumは、欧州域内でオンラインインキュベーションプログラムを実施しており、ウェブ上でのワークショップやメンターとのグループミーティングを実施することで、この状況でもプログラムに参加するスタートアップの勢いをキープし、企業育成を続けていくための思考を凝らしています。

デジタルヘルスケアのパワー

遠隔医療をはじめとするデジタルヘルスケアも大きな役割を担っています。有名どころでは、A I診断アプリでユニコーンとなったBabylon Healthがいち早く、日々の症状確認だけでなく、必要であればビデオ通話で医師に直接アドバイスを求めることができる症状追跡機能を追加しました。次いで栄養管理ヘルスケアのZOEKing's College Londonと共同で開発した症状追跡アプリも、利用者が年齢や病歴に関する質問に回答することで、感染の可能性や、感染が確認された際の危険度等を知ることができる一方、英国の国民保険サービス(NHS)が集まった情報を感染拡大地域の特定や、症状の重篤化理由把握に活用し、事態収束に向けた策を練るために役立つと考えられています。 またロックダウンという閉鎖的状態で、健康的な精神及び身体状態(well-being)を保つためのサポートとして、フィットネスコーチングアプリのEast Nine 、健康に不安要素がある人を対象としたライブエクササイズを配信するBeam 、セラピストやヘルスケアスペシャリストを患者とつなぐKara Connect、隔離状態に慣れない人に心理的アドバイスを提供するQoorioなどが活躍しています。 さらに、治療薬開発の分野でもデジタル技術の活用が目立っています。例えば、今までに約3億ドルの投資を受けながらAIを活用した創薬に取り組んできたBenevolentAIが、潜在的な治療法としてすでに承認されている薬を発見し、大手製薬会社との臨床試験の実施まで進んでいたり、アムステルダム発Castorが開発する、医療研究者が臨床試験の実施を促進するためのリサーチプラットフォームなど、臨床試験を補助する技術も誕生しています。

イノベーションを実現する欧州大企業の取り組み

最新技術で世界をリードしてきた大企業も、既存事業から駆け離れた医療分野でのイノベーション に挑戦し、現状改善に力を注いでいます。掃除機で知られる英国家電メーカーのDysonは、迅速かつ効率的に大量生産が可能な新型人工呼吸器「CoVent」をたった10日間でデザインし、NHSから既に10,000ユニットもの注文を受けています。またメルセデスのF1チームも、自発呼吸を補助するために肺に酸素を送り込む「持続的気道陽圧(CPAP)装置」の開発に成功した上、その他英国ベースのF1チームや航空エンジンのロールス・ロイス、電機シーメンスなどが参加しているコンソーシアム"VentilatorChallengeUK"も、エンジニアリング各社の力を合わせて人工呼吸器の開発と製造を行っており、エコシステム全体でCOVID-19による影響に立ち向かっています。

更なるイノベーション追求を後押しするサポート

最初にこの状況でエコシステムへの支援を示したのは、フランスでした。仏政府は元々「La French Tech」を中心に多岐にわたるサポートを実施してきましたが、今回のパンデミックへの対抗策として、公的投資銀行のBpifranceとともに、打撃を受けたスタートアップの救済に40億ドル以上を注ぎ込むと発表しました。この包括的計画には、短期借り換えスキームや、計画されている投資の前倒し、また税額控除の早期支払いなどが含まれ、まだ収益のない企業も対象になるとしています。さらに仏政府は、必要不可欠な物資供給を一元化させるマーケットプレース、「StopCovid19.fr」の開発を行うMiraklを支援することで、必要不可欠な医療製品を製造する各企業から、医療施設への運搬をスムーズに進めることができるよう尽力しています。 また英国も、自宅で隔離、療養を行う感染患者のサポートを行うデジタルソリューションを開発するスタートアップを対象に、50万ポンドを支援する「TechForce19」を発表しています。このスキームにより、すぐに使用が可能な技術を持つ各企業に最大2.5万ポンドの金銭支援を行い、患者の身体及び精神的健康状態を効果的に保つことを目指しています。 もちろん欧州で一番影響力のある欧州委員会(EC)も、経済政策以上の取り組みを開始しています。具体的には、欧州イノベーション会議(EIC)主催のアクセラレータープログラムにより、COVID-19の治療、検査、モニター等に役立つ最新技術を持つ企業に対し、総額1.6億ユーロの資金を投入する予定です。さらにECは欧州投資基金(EIF)とともに、域内スタートアップへの投資強化のため、「ベンチャーEU」という新たなファンドオブファンズプログラムを設立しました。ECが出資する4.1億ユーロとともに、欧州委が選定した民間のベンチャーキャピタル(VC)6社から21億ユーロの投資を受けた小規模VCが、加えて収集した資金をデジタル、ライフサイエンス、メドテック、エネルギー等に携わるスタートアップに投資することで、最終的に約1,500社が計65億ユーロの新たな投資を受けられると想定されています。

この現状が日本企業に与える影響

欧州スタートアップと大手日本企業の提携を長年サポートしてきた弊社CEOのグレゴリー・サッチは、現状を以下のように解説しています。「多くのスタートアップは、機敏で、起業家精神にあふれた本質と企業が持つコアスキルを活用し、COVID-19の影響を受けている状況下でも、新製品やサービスの需要の変化に対応しています。一方、大企業にとって、この状況はデジタルトランスフォーメーション、つまり組織全体の機能を完全なデジタル環境下で発揮する能力の重要性を痛感する機会となっているかもしれません。実際に、この数ヵ月間に多くの大企業が革新的な、転機をもたらすテクノロジーを求めて、スタートアップと会話する機会を増やしているように感じます。そしてその働きかけに対し、スタートアップはもちろん喜んで反応しています。私たちは今、前例のない経験しているかもしれません。しかし、今こそ大企業はこの機会を利用し、未来を見据えたビジネスの基盤を築く必要があるのではないでしょうか。」 欧州はロックダウンが続き、物や人の動きが止まっている中で、ビジネスはより厳しい状況に置かれています。特にスタートアップにとっては、資金繰りが難しくなる可能性もあり、今後の活動への影響も懸念されている一方、先述したようにイノベーションに対する様々な取り組みが加速し、最新技術の開発や新しいアイディアの実現化がより重要となっています。つまり、欧州エコシステムの取り組みが、このような危機を乗り越えるためには、イノベーションが必須であるということを体現化しているように受け取れます。 この状況が日本企業に何を意味するのか。この状況だからこそ、スタートアップは資金源となる大企業とのコラボレーションに今まで以上に積極的になり、オープンイノベーションを推進したい日本企業にとってアプローチがしやすく、結果的に新たなビジネスチャンスを生み出しやすい状況にあるかもしれません。また経済の落ち込みにより、スタートアップの企業評価価値が低下しているため、大胆な動きではあるのもの、買収という選択肢さえ考えられます。このような状況での投資やオープンイノベーション活動の継続は、企業の規模に関係なく、どの企業にとっても大変難しいテーマですが、今だからこそこの機会をチャンスに変換し、未来を切り開くことができるビジネスを見据えていく必要があるのではないでしょうか。そして一早い現状改善に向け、最新テクノロジーをフルに活用したデジタルトランスフォーメーションが、私たちの生活に希望をもたらしてくれると期待したいところです。 著者 植木このみ 英国ラフバラー大学大学院にて、国際経営学修士号を取得後、欧州でビジネスを展開する大手日本企業を相手に営業・マーケティングを担当。イントラリンクでは、オックスフォード本社にて日本大手企業向けのオープンイノベーションプロジェクトに携わっている。

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