「欧州イノベーションハブをめぐる」シリーズの3回目は、弊社イノベーションネットワーク企業のOrange Fab、Selena、Elaia、BPI Franceが拠点を置くフランスの首都、パリをご紹介します。
サービス産業が中心のパリ
パリは、フランス北部に位置するため比較的海に近く、北大西洋海流と偏西風の影響で、高緯度の割には1年を通して温暖な気候に恵まれています。人口は220万人で、政治、金融、文化、商業の中心であるパリは、その労働人口の80%以上が企業・公共向けなどあらゆるサービス業に従事しています。
政府の強力なイニシアティブを受けて躍進
パリのイノベーションシーンは、仏政府がデジタルスタートアップを強化するために2013年から始めた取り組み、フレンチテックの支援を受けて急成長してきました。また起業家グザビエ氏が私財を投じた、世界最大のスタートアップキャンパスStation Fの設立や、国外から優秀なテック人材を惹きつけるために、非EUの起業家や投資家を対象とする簡易ビザ申請システム、フレンチテックビザも展開されています。 さらに同都市の経済的機会だけでなく、生活環境にも魅了された40歳以下の若い人口の増加や、高い教育水準の国際的な労働人材の豊富さ、3つの国際空港、高速鉄道や拡大を続ける地下鉄など整ったインフラ環境も、パリの躍進するイノベーションエコシステムに貢献しています。
ロンドン、ベルリンに続く欧州第3位の投資総額
パリのスタートアップへの2019年の投資総額は、欧州第3位となる29億ユーロにのぼりました。さらに2018年の資金調達ラウンド数は366、2015年から2019年の間に投資を獲得した企業数は1,183社と、どちらも欧州で第2位の規模を誇っています。また、テック関連のイベント数や参加者数から見るイノベーションハブとしての規模感・成熟度は、過去3年連続で欧州第3位につけ、その存在感を発揮しています。
ディープテックとAI
仏政府はディープテックとAIを国全体で投資のフォーカスエリアとして掲げ、特に学術界と政府の強力な支援を受けて、パリはディープテックのハブとなっています。欧州のMITとも呼ばれるパリのESPCI(パリ市立工業物理化学高等専門大学)は、ノーベル賞受賞者を過去7名も輩出してきました。AIも、2019年には仏全体で432ものAI関連のスタートアップがあり、前年の312から大きく躍進、2019年上半期の仏AI関連スタートアップが獲得した投資額は6億3,400万ドルと、英国やイスラエルを上回りました。さらにパリとその周辺地域には、研究者を含む16万人以上の数学、エンジニア、AI及び医療業界のR&D従事者がおり、欧州最大のR&D人材が集まる都市となっています。
日本市場での成功事例も
パリのスタートアップは8,000社を超え、調達投資金額は過去たった3年で2倍の伸びとなり、2019年は50億ユーロに達すると見込まれています。パリ発の著名なユニコーン企業には、相乗りサービスのBlaBlaCarや、AIを活用したオンデマンド写真プラットフォームMeero、また2019年にVC支援を受けたイグジットで欧州第2位の3億ドルで買収されたレンタカーマーケットプレイスDrivyがあります。 我々のネットワークパートナーであるElaia Partnersは、欧州のデジタルとディープテックに特化したVCで、早い段階での投資、企業によってはその後最大10年間投資を続けており、そのポートフォリオには、日本でも成功を収めたダイナミックリターゲティング広告のCriteoや、AIで生損保の不正請求を検知するShift technologyなどがあります。 BPIfranceが運営するBPIfrance HUB Acceleratorは、ブロックチェーンやサイバーセキュリティ、ヘルステック、AI等に特化し、アーリーステージ企業も支援しています。ここでは日本企業向けのデモデーや、スタートアップを数社集めたピッチコンテストやネットワーキングイベントが多く開催されています。運営元のBPIfranceは、スタートアップ支援のために仏政府が設置した国営の投資銀行で、政府のイノベーション推進機関としても機能し、750億ユーロ以上もの投資ファンドを運営しています。 また、パリの有数ビジネススクールもイノベーションを後押ししています。MBAランキングでトップクラスのINSEADは、StationFとパートナーシップを組み、INSEAD LaunchPadというアクセラレーターを設立し、またHEC Parisは、起業とイノベーションの修士プログラムや、インキュベーションセンターを新設しました。 企業の投資も活発です。仏通信企業Orangeが運営する企業向けビジネスアクセラレーターOrange Fabは、スタートアップエコシステムと企業間のシナジーを生み出すことを目的とし、主にアーリーステージ企業と関わっています。特にヘルスケア・ウェルビーイングのスタートアップに焦点を置き、日本からもARスポーツのHADOが参加、フランスでのショーケース展開などを支援しています。またGoogle、Facebook、Microsoft、富士通、IBMといった世界のテック企業が、AIやマシーンラーニングのリサーチ拠点をパリに置いています。
歴史・文化・芸術・美食の代名詞
フランスはその社会主義的な教育へのアプローチから、教育へのアクセスも低コストであり、以前はビジネスのハードルとなっていた英語も、現在は多くの若者が問題なく日々使用しています。また国内の技術者は、米国より転職率が低い割に年収が圧倒的に安く、企業にとって非常に効率的と言えます。歴史・文化・芸術・美食の代名詞でもあるパリは、毎年4,200万人もの観光客が訪れる世界一の旅行先なだけでなく、世界の優秀な人材も魅了する活気あふれる都市でもあります。
最後に、、、
将来ユニコーン企業に成長すると予測されるパリのスタートアップは25社と、ロンドンに次ぐ欧州2位、VC市場規模でも域内トップ3に入るにも関わらず、投資の多くはまだ国内市場からであり、アジア市場からは多くありません。またあるVCによると、仏には米国のような急展開より、安定した成長を望む企業が多く、日本企業に近い発想を持つと言えます。競合が少ない中で日本企業への適性が高いパリに、一度目を向けてみてはいかがでしょうか。 パリのエコシステムにご興味がある方は、ぜひイントラリンクにご相談ください。またイントラリンクのフェイスブックページでは、欧州のスタートアップ関連のニュースを定期的に発信しておりますので、ご興味あればぜひご覧ください。 著者 植木このみ 松田育映