北米テックハブシリーズの第5回目は、世界の重要都市として強い影響力を持ち、近年ではテック企業を中心に世界第2位のスタートアップエコシステムとしても存在感を示すニューヨーク (NY) を特集します。次世代を率いるスタートアップが次々と誕生するその背景とは。今回は、Newlab CEO Shaun Stewart氏、BIANYS Executive Director Marc Alessi氏、Urban Future Lab クリーンテック戦略 Managing Director Pat Sapinsley氏に、強力なスタートアップエコシステムとしてのNYについてお話を伺いました。
『シリコンアレー』と共に急成長を遂げる東海岸のテックハブ
マンハッタンを中心にNY都市圏一帯に広がる東海岸のハイテク産業集積地はシリコンアレーとも呼ばれ、テックハブとして急激な成長を続けています。Startup Genomeによる世界のスタートアップエコシステムのランキング「The Global Startup Ecosystem Report 2021」ではNYはシリコンバレーに次ぐ2位にランクインしています。エコシステムの価値は1,890億ドルに相当し、AIやビックデータ・アナリティクス、サイバーセキュリティ、ライフサイエンスを強みとしています。 NYにはグローバルかつ多様性に富んだタレントプールに加え、グローバル企業が集まるスタートアップコラボレーション環境が整っています。さらにコロンビア大学、ニューヨーク大学 (NYU) 、ニューヨーク市立大学 (CUNY) 、ニューヨーク州立大学(SUNY)、コーネル・テックといった世界トップクラスの大学やテクノロジー研究機関が揃い、多くのイノベーションシーンへの人材輩出を担ってきました。こうしたNYのテックエコシステム発展の背景について、Stewart氏は「NYは必要な主要素を兼ね備えています。学術機関は人材と新しいアイディアを育て、大企業のプレゼンスはノウハウ蓄積や資本形成に寄与し、強力なベンチャーキャピタル (VC) も数多くあります。Newlabではあらゆる先端技術企業に対してワーキングスペースや研究ラボ、居住スペースなど、技術の商業化に必要な物理的な施設を提供しています。」と述べています。またAlessi氏は「『シリコンアレー』は特にここ15年ほどで進歩を遂げ、すでに2世代目、3世代目のスタートアップ企業が次の世代へのノウハウの継承と投資に貢献しています。」とも述べています。 Union Square Ventures (USV) を始めとしたVCの影響について、Alessi氏は「USVはNYで最も活発なVCファンドの一つであり、周辺のエコシステムの構築に貢献してきました。彼らは多くのビジネスアナリストを雇用し、そのアナリストたちが独立して今度はファンドを立ち上げ、またエンジェル投資家となりました。そしてNY市の経営者たちが稼ぐ世界的にもトップクラスの報酬がVCやエンジェル投資家の資金としてエコシステムに流れ込みます。」と説明しています。 さらに行政が進める戦略とUrban Future Lab (UFL) の役割についてSapinsley氏は次のように述べます。「都市環境における気候変動に最初に関心を示し動き出したのはブルームバーグ元NY市長でした。彼はNYの経済が金融に大きく依存しており、産業の多様化が重要であることを理解していました。NYを新たなグリーンエコノミーの中心地として発展させるために設立されたUFLでは、クリーンモビリティ、グリーンビルディング、電力供給網、太陽光発電、蓄電池、グリーン水素などの気候変動分野の先端技術に取り組んでいます。」
COVID-19、気候変動対策から見えるリスクへのレジリエンス
歴史的に見ても、NYは立ちはだかる難題に対し常に変革、革新を起こし、そしてダメージから回復し、適応し続けてきました。そのレジリエンスの強さは新型コロナパンデミックによる深刻な打撃からのスピーディな経済回復からも伺えます。2020年上期に落ち込んだNYの実質GDPはその後成長に転じ、2021年4-6月期にはコロナ前の水準を上回りました。スタートアップのエコシステムも例外ではなく、その力強い回復についてAlessi氏は次のように述べています。「人々はCOVID-19と共存することを迅速に学び、インキュベーター、スタートアップ企業、銀行などの金融機関も柔軟に働き方を適応させたことで、2020年の終わりにはすでにニューノーマルでのビジネス環境が定着していました。投資活動は特に顕著で、2021年には過去最大規模のVC投資額を記録しています。」 またコロナ禍にあってもラボが稼働し続けた事実について、Stewart氏は、「リモートへの移行が比較的容易な分野とは異なり、ハードウェア・スタートアップの起業家には試験的プログラムを行うための物理的なインフラが不可欠です。パンデミックの中、我々はNY市内の病院向けにフェイスシールドや人工呼吸器を開発していたこともあり、エッセンシャルビジネスとして扱われ、ミッドタウンでのオフィス占有率1桁に対し、我々は最低でも70%、2021年末までには100%まで回復しウェイティングリストすらある状況でした。」と述べています。 一方でNYは、熱波、雪嵐、強風、熱帯性低気圧、高潮、落雷、洪水、集中豪雨等など、常に自然災害の脅威にさらされてきました。気候変動に伴いもたらされるこうしたリスクについて、行政も早くから理解を示し、温室効果ガスの削減と温暖化による影響に備えるため、積極的な対策を進めてきました。NY州やNYSERDA (NY州エネルギー研究・開発局)による支援体制についてSapinsley氏は「NY州はこうした気候変動分野の先端技術、とりわけCCUS (二酸化炭素回収・有効利用・貯蓄) に対する財政支援の点で他の州よりもはるかに進んでいます。NYSERDAの援助の下、UFLはGreentown LabsやFraunhofer USAとのパートナーシップによりCarbon to Value Initiative (二酸化炭素回収・有効利用のためのカーボンテックアクセラレータプログラム) を立ち上げました。」と述べています。また気候変動対策の一環として現政権も力を入れている洋上風力発電について、同氏は「NYはNYSERDA、Equinor、BPらの主導のもと最終的には9GWの風力発電能力を目指しており、まもなく東海岸の洋上風力発電の中心地となります。 我々UFLは、NYにクリーンな風力エネルギー産業を構築するため、支援技術を備えた若い企業の育成に貢献していきます。」と付け加えます。
進化し続けるテックエコシステム
世界の経済・文化の中心都市として金融サービスや不動産、ファッション、メディア、アートなどで強い影響力を持ってきたニューヨークですが、近年ではこうした従来の産業に加えあらゆる新規領域にテクノロジーが応用され、産業の多様化と巨大なテックエコシステムの構築が進んでいます。 Alessi氏はNYのテックエコシステムについて次のように述べています。「NYではAIの商業化が大きなトレンドとなっており、とりわけ特定のユースケースでのAI活用に注目が集まっています。NY市の金融セクターは世界でも最高のテスト環境であり、フィンテックはAI活用という点で注目の集まる産業の一つでした。またバイオテックや保険もAI活用によって発展してきました。」また、Stewart氏はさらに進化を続けるエコシステムについて言及し「NY市はこれまでフィンテック、ファッションテック、不動産テックなどで知られてきましたが、ディープテックのアーリーステージベンチャーも爆発的に増えてきています。AI、機械学習から始まり、バイオファブリケーション、量子コンピューティング、ロボット工学、ライフサイエンスなどその他多くの分野が著しく成長しており、 LauncherやStrongArm Tech、JUMP、AMOGY、Kingdom Superculturesなどのサクセスストーリーはこうしたスタートアップ企業がいかにこのエコシステムで成功を収めているかを物語っています。」と述べています。 ではNY市の行政区の中に特色の違いはあるのでしょうか。シリコンアレーの発祥地であるマンハッタンやハーレム、隣接するブロンクスでは学術機関を背景にライフサイエンス分野のエコシステムが発達してきました。 一方でブルックリンについてStewart氏は「製造業やハードウェア企業は主にマンハッタンの外側、とりわけブルックリンで発展しています。」とする上、Sapinsley氏も「ブルックリンはクリーンテックの中心地でもあり圧倒的多数の関連企業が位置しています。」と付け加えています。 Stewart氏はNYのテックエコシステムの勢いについて触れ、次のように期待を寄せています。「NYのエコシステムは現状に甘んじてはいません。ステークホルダーたちは新しいエコシステムの欠点や隙間を見つけ次々に補完していくことで、ライフサイエンスや量子コンピューティング、エネルギー転換、モビリティといった産業におけるNY市の地位強化に結び付いています。」
最後に、、、
世界の重要なテックハブとして、絶え間なく成長を続けるNY。ライフサイエンスやバイオテクノロジー、サイバーセキュリティ、モビリティ、ロボティクス、気候テックといった分野で高まる存在感と、行政や巨大なテックエコシステムからの強力な支援により、さらに多くのテック企業の誕生が期待されます。NYのテックエコシステムやスタートアップにご興味がございましたらこちらからイントラリンクまでお声掛けください。
Newlabについて
NewlabはNY・ブルックリンを本拠地とするテックアクセラレーターで、先端技術分野の起業家支援を目的に専門的・学際的ワークスペースを提供している。同社のワークスペースには居住スペース、オンサイトでの製品実現、専門的なプログラミングが備わっており、市の機関やVC、対象分野の専門家、パートナー企業といったネットワークへのアクセス機会も含まれ、起業家は必要なサポートを受けられる。
Shaun Stewart氏について
Stewart氏はNewlabでCEOを務め、ロボティクスやAI、アグテックといった最先端のイノベーション技術を牽引するスタートアップ企業支援を行っている。Newlab入社以前は、Waymo (Alphabet傘下の自動運転開発企業) で最高事業開発責任者 (CBDO) を務めた他、Airbnb、Jetsetter、Expediaなどトラベルテック業界での経験も有する。
BIANYS (The Business Incubator Association of New York State) について
BIANYSは2005年後半に設立された非営利の業界団体。一般会員はニューヨーク州の全域に広がるインキュベーター、アクセラレーター、コワーキングスペースのプログラムリーダーなどから構成され、ニューヨーク州のスタートアップエコシステム育成支援を行っている。
Marc Alessi氏について
BIANYSでエグゼクティブディレクターを務めるAlessi氏は、複数の分野でベンチャー企業を立ち上げてきたシリアルアントレプレナーであり、顧問弁護士でもある。またエンジェル投資家として複数のスタートアップへ出資を行い、IT、エネルギー、バイオテクノロジーの各分野のスタートアップ企業やインキュベーターへのコンサルタント及びアドバイザーを務めている。元ニューヨーク州議会議員として起業支援・技術革新のための立法にも貢献している。
Urban Future Labについて
Urban Future LabはNY・ブルックリンを本拠地とするアクセラレーターで、スマートシティ、スマートグリッド、クリーンエネルギーなどの気候変動・クリーンテックイノベーション分野におけるニューヨークのテックハブ。ACRE (ビジネスインキュベーションプログラム) 、PowerBridgeNY (PoCセンター) 、 Clean Start (NYUの修了書取得プログラム) といったプログラムを提供している。
Pat Sapinsley氏について
Urban Future Lab/NYUタンドン工科大学・ACREでクリーンテック戦略マネージングディレクターを務めるSapinsley氏は、Building Energy Exchangeのボードメンバー、米国グリーンビルディング評議会 (USGBC) のメンバーでもある。ハーバード大学デザイン大学院で建築の修士号を取得しており、LEED AP資格を持つ建築家である。また過去にはアメリカ建築家協会NY支部環境委員会の共同議長も務めている。