欧州テックハブシリーズ10回目は、Startup Genomeの2021年のレポートで世界で2番目に急成長しているスタートアップエコシステムの本拠地に選ばれたコペンハーゲンを特集します。コペンハーゲンは、「最も幸福な国」のひとつに選ばれており、起業に関しては、地元の人々からかつてないほどの支持を得ています。 今回は、Danish Startup Group (DSG)の創設者兼会長で、プロップテックスタートアップであるejendom.comのCEOであるTomas Zhang Mathiesen氏と、Innovation Fund DenmarkのVice President Entrepreneurship & Startupsを務めるSidsel Hougaard氏に、エコシステムとしての特徴や、日本企業がデンマークを検討すべき理由についてお話を伺いました。
起業家精神のバックボーンとしての民主主義
昨年、トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が毎年発表する腐敗認識指数(CPI)で、デンマークは「世界で最も汚職の少ない国」に選ばれたばかりです。Zhang Mathiesen氏は、この民主主義の繁栄と透明性の高さのおかげで、デンマークの人々はリスクを恐れずに起業でき、さまざまなアイデアを開花させやすくなっていると述べています。 事実、世界銀行は、デンマークにおけるビジネスのしやすさは世界トップクラスであるとしています。会社設立はオンラインで1日以内に完結する上、新規参入企業は、これまでにないレベルのコミュニティのサポートを享受しています。例えば、Paymentsenseの最新の調査によると、コペンハーゲンのクラウドファンディングプロジェクトは世界最高の平均額である1件あたり10万ポンドを調達しています。 また、起業家が利用できる公的な資金援助制度や助成金も数多くあります。「デンマークのスタートアップエコシステムの特徴は、研究・アイデア段階から、その後の成長・拡大段階まで、ソフト・ハード両面からスタートアップを支援する強力な公共セクターがあることです。Innovation Fund Denmarkでは、初期のイノベーション段階(ソフト資金)、Vækstfonden(The Danish Growth Fund)では、スケールアップ/成長段階(ハード資金)の公的資金を簡単に利用することが可能です。これにより、多くのスタートアップ企業と、『死の谷(スタートアップ企業が事業を開始したものの、まだ収益を上げていない期間)』を乗り越えたスタートアップ企業による活発なエコシステムが確保されています。その他、 Innovation Centre Denmarkなどの公的機関が、グローバル市場へのアクセスなどに関するカウンセリングでスタートアップ企業を支援しています。」とHougaard氏は説明します。 スタートアップ企業はインキュベーターへの参加が推奨されており、特にInnoFounderは、メンタリング、無料ワークプレイス、ワークショップへの参加権など、幅広いサポートプログラムを提供しています。また、8,000名以上の起業家や投資家が集まる国内最大のイノベーションサミット、Denmark TechBBQなどの業界イベントへの参加も推奨されています。
研究に支えられたライフサイエンス分野
デンマークでは教育が無料で、さらに大学進学のための助成金も用意されています。 コペンハーゲンにはデンマーク工科大学、コペンハーゲン大学、コペンハーゲン・ビジネススクールなど、世界でも有数の研究機関が集結しています。また、メディコンバレーと呼ばれる世界で最も競争力のあるバイオテクノロジー地域の中心的な役割を担っています。 メディコンバレーには9つの大学があり、それらは合算で7,000名以上のライフサイエンス分野の研究者を雇用し、また350社以上のバイオテクノロジー・製薬・医療技術分野の企業があります。第一三共をはじめとする多くの企業が、生命科学の最先端の知見を活用するため、メディコンバレーの中心地であるCopenhagen Bio Science Parkに北欧本社を置いています。 ヘルステックやライフサイエンスは、コペンハーゲンのスタートアップエコシステムのリーディングセクターとなっており、これはHealth Tech Hub CopenhagenやNovo Nordisk Foundationが出資するBioInnovation Instituteなど、いくつかのイニシアチブによって支えられています。スケールアップに成功したスタートアップ企業の例として、バイオテクノロジー企業のCytoki Pharma、また診断専門企業のMedTraceがあげられ、昨年5月の資金調達ラウンドで各社ともに約3,200万ドルを超える資金を調達しています。
国をあげたDX推進
「デジタル化のレベルの高さが、特にデンマークを際立たせているのです」と、Zhang Mathiesen氏は付け加えました。 デンマークは小国であるため、プロセスのデジタル化は比較的素早く進行しました。現在、市民はモバイルアプリで一連の公共サービスにアクセスでき、運転免許証や健康保険証のデジタルコピーを全国で使用できます。Mathiesen氏は、デンマークでも他国と同様、Covidによるデジタル技術の採用を加速はあったものの、パンデミック以前からすでにシステムは整備され、運用されていたと主張しています。 高度なデジタル化は、フィンテック・セクターの出現に直接影響を与えました。その成功のおかげで、スタートアップと金融機関、研究者、政府、NGOを結びつけることを目的に、100人以上の講演者と1000人以上の参加者を集めるフィンテックイベントの「Copenhagen Fintech Week」は、「Nordic Fintech Week」へと躍進を遂げました。またフィンテック・スタートアップの数は、2015年から約50%増加し、現在では3,000社を超え、銀行アプリのLunarのように数百万ユーロを調達するものも登場しています。 プロップテック(不動産テクノロジー)もまた、急速に発展している分野のひとつです。デンマークでは、建設業単独でCO2排出量の40%以上を占めており、より持続可能なソリューションが求められているとMathiesen氏は述べます。氏自身のプロップテックスタートアップejendom.comは、不動産ポートフォリオの運用・管理・エネルギー最適化に焦点を当てた革新的な不動産プラットフォームを提供しています。他の著名なプロップテック企業としては、欧州全域でCo-living(コリビング)ソリューションを提供するLifeXや、不動産資産管理と経理に注力するProperなどがあります。 またデンマークでも、フードテック分野が急浮上しています。「デンマーク人はとにかく食べ物が好きで、パンデミックによって大きな打撃を受けた地元企業を支援したいと考えている」とMathiesen氏は語ります。コペンハーゲン生まれの食品廃棄物対策アプリ「Too Good to Go」や食品配達アプリ「Just Eat Takeaway.com」は、欧州で最も人気を集める食品関連アプリであり、多くの新しいプレーヤーが続々この分野に参入しています。 フードテック業界のパンデミック後の復活を支援するため、2021年、DSGはBasque Culinary Centreとともに、「Culinary Action」という欧州初のフードテック&ガストロノミースタートアップコンペティションを開催しました。このイベントでは、ガストロノミーの主要なエージェント間のコラボレーションを強化し、業界のすべての主要な作業プロセスをデジタル化することを目的に、デンマーク、スペイン、イタリアから参加者が集まりました。このイベントの第2回が11月22日にコペンハーゲンで開催されます。
最後に、、、
デンマークのスタートアップは、まだ比較的小規模でアーリーステージの企業が多いものの、近年エコシステムが急速に発展しています。2019年以降の全体の成長率は約40%で、デンマークのエコシステムの価値は約160億ドル以上に達し、さらに拡大を続けています。 デンマークではこれまでに、合計8つのユニコーンを輩出しています。カスタマーサービスプラットフォームのZendesk、対話型ツールプラットフォームのUnity、サプライヤーネットワークのTradeshift、独立型レビュープラットフォームのTrustpilot、デジタル化およびITコンサルティングのNetCompany、ブロックチェーンデータおよび分析プラットフォームのChainalisys、また従業員スマート決済カードのソリューションのPleoです。 デンマーク・エコシステムの中心であるコペンハーゲンは今まさに開花しているところであり、日本企業からの注目度はまだ低いものの、ぜひとも深く掘り下げてみる価値があります。デンマークが特に光るのは、環境と社会の幸福に対するコミットメントが、次世代のテック・アントレプレナーにバトンタッチされ、着実に推進されていることなのです。 コペンハーゲンやデンマークのハイテク・エコシステム、スタートアップにご興味がある方は、ぜひこちらからイントラリンクまでお声掛けください。