イントラリンクは、昨年から「欧州イノベーションハブをめぐる」や「中国イノベーションシーンに迫る」を筆頭に、各地域のテックハブを特集するブログシリーズをお届けしてきました。2020年はCOVID-19の影響で世界中の人の動きが止まり、展示会や会議、ネットワーキングなどあらゆるビジネスイベントのオンライン化が進んでいます。イノベーションシーンもこの流れを受け、現地に身を置いていない限りエコシステムに関する情報収集や、スタートアップ、アクセラレーターなどのキープレーヤーへの直接のアクセスが難しい環境となりつつあります。 弊社はこの現状を踏まえ、グローバルに活動される皆様に世界中のイノベーションシーンにアクセスいただきたく、欧州及び中国に続き、米国テックハブを特集する新ブログシリーズを2020年末より開始いたします。 本ブログではシリーズ開始に先立ち、イントラリンク米国代表取締役社長のアラン・モクリジュが、なぜ日本企業が今シリコンバレー外の北米都市に目を向けるべきかという点に触れながら、北米イノベーションシーンの現状を解説します。
はじめに
シリコンバレーが位置するサンフランシスコでは、ロックダウン(都市封鎖)が開始されてから先週でちょうど7ヵ月が経過しました。初期段階でロックダウンに踏み切った同地域では、テレワークを積極的に取り入れるテック企業、また科学を信じてマスクの着用やソーシャルディスタンスに関するルールに従い、地元政府を信用する進歩的で国際的な居住者のコンビネーションにより、「カーブの平坦化」(曲線グラフにおいて1日当たりの新たな感染者数の増え幅、つまりカーブの傾斜が徐々に緩やかになり平坦になっていくこと)のモデル地域となりました。しかし、結局「コロナ疲れ」が7月〜8月の感染者拡大を招き、新たな取り組みに歯止めをかける形となったのも事実です。 冬が近づいているものの、今も多くの子供たちがオンライン学習を継続し、テック系の起業家や投資家、またイノベーションを求める人々もいまだにZoomを用いた電話会議を行っています。さらに来る次期大統領選とレームダック化しつつある現政権に固執している現状を見ても、状況の改善、または「正常な状態」に戻ることは2021年までなさそうです。 では、これは米国に拠点を置く日本のイノベーションチームにとって何を意味するのでしょうか。多くの方が戦略の見直し、或いは目標達成のための新しい手段を開拓する必要を迫られることさえあったのではないでしょうか。
イノベーションのるつぼ
パンデミック以前はイノベーション戦略を追求する多くの企業にとって、成功するための要素を備えた革新的なロケーションであるシリコンバレーに拠点を置くという発想に異議を唱えるのは非常に稀なことでした。またそのスタートアップシーンは、海外から新規参入を望む人にとっても、最小限の労力とエコシステムに関する理解だけで素早く容易に溶け込むことができる環境であり、ネットワーキングにも最適な場所と言えます。 さらに100社以上の日本企業が参画するPlug and Playのようなアクセラレーターの存在により、安全性の高さがその数に現れており、日本企業がより円滑に参入しやすい環境を生み出してきました。
競合とコスト
しかしながら、シリコンバレーも競争の激化、高額な生活・運営コスト、また大きく膨らんだスタートアップの企業価値など様々な課題に直面してきました。それに加えて、似たような技術を開発する企業数が非常に多い点、またいうまでもなく豊富な自信とピッチングスキルを持っていても、コアテクノロジーやビジネスモデルなどビジネスに重要な部分を管理しきれていない何千にものぼる起業家たちの存在なども挙げられます。
このような課題にも関わらず、一度シリコンバレーコミュニティの一員になると、他のテックハブはもう関係ないと容易に感じてしまいがちですが、実際にはそうではありません。カナダも含めた北米には、ボストン、ニューヨーク、シアトル、トロントなどシリコンバレー以外にも数多くの確立されたテックハブと小規模なテッククラスターが存在しています。そして各ロケーションが特定の技術や分野で、独自の特徴と専門性を持ち合わせています。
視野を広げる重要性
このパンデミックによりネットワーキングイベントから会議まで全てがオンラインとなり、成長中のスタートアップを収容するための広大なスペースを有するシリコンバレーの有名アクセラレーターに参加するという議論に疑問を持つ人も出てきています。結局のところ、直接その場にいることができない場合(またはその場にいる必要がない場合)、なぜ活動スコープをシリコンバレーとその地に身を置くアクセラレーターだけに限定する必要があるのでしょうか。シリコンバレー以外の北米都市にも多くの優れた企業が存在する中で、その北米都市や企業に視野を広げる最大のチャンスではないのでしょうか。 この動きは日本企業にとって望ましいだけでなく、実際にパンデミックによりさらに加速されています。このポイントを証明するかのように、取締役会の実施を他の場所で実施することを好まず、スタートアップをカリフォルニアに移動させることで有名なシリコンバレー在のベンチャーキャピタルでさえこの傾向を受け入れています。特に最近のベンチャー投資の数字が示すように、シリーズBの資金調達のシェアの多くがバイオテック、フィンテック、セキュリティ、Eコマースなどの主要なトレンドセクターにおいて、カリフォルニア外に拠点を置く企業に向けられています。
では、どこに目を向けるべきなのか
北米の規模は非常に大きく、スカウティングリソースが限られていたり、チームがカリフォルニアや日本に位置している場合、絶えず進化する各都市のイノベーションエコシステムを完全にフォローすることは、特にパンデミックの影響により非常に困難と言えます。実際、駐在員ビザの期限が切れても渡航制限が敷かれているため、日本企業が後任を現地に送り、ローカルのスカウティングチームを維持するこのがますます難しい状態になっています。 この現状とシリコンバレー外のテックハブの注目度の高まりを受けて、私たちは北米の主要ハブを紹介するブログシリーズを開始することにしました。そしてシリーズを通して、各ハブの特徴やトレンド、投資環境、さらに現地のアクセラレーターやインキュベーターなどの主要なエコシステムプレーヤーに焦点を当てていきたいと思います。 第1弾は、米国東海岸の大都市ボストンを特集します(11月下旬発行予定)。シリコンバレーの次に重要なテックハブと言われるボストンは、ライフサイエンス、再生可能エネルギー、ロボティクスなど影響力が非常に高いと言われるディープテックの中心地であるものの、カリフォルニアなどの西海岸やアジアからの距離を理由に見落とされがちなテックハブです。 最後に、皆様にはぜひこのシリーズを楽しんでいただき、北米のテックスカウティング活動の参考になることを願っています。 著者について アラン・モクリジュ イントラリンク米国 代表取締役社長 1992年から16年間に渡り日本を拠点に活動。5年間国際的な自動車OEM企業のマルチベンダープロジェクトのコーディネート業務に従事した後、イントラリンクに入社。2008年にはシリコンバレーに移り、Intralink America Incを設立した。現在も同地を拠点に、現地のスタートアップやVCなどの投資家と日々コミュニケーションを取りながら、日本企業のオープンイノベーション及び北米企業のアジア進出事業開発に携わっている。